『のら犬ノラの物語』
「♪にっく〜にっく〜大きなにっく〜♪」
野良犬のノラが、大きな肉を口にくわえて、うれしそうに歩いています。
まるで、スキップでも始めそうな勢いです。
「今日は久しぶりにごちそうをもらったよ〜!
だから好きなんだ、あのレストランのふとっちょコックさん!
昨日大きなパーティがあって、たくさんステーキを焼いたんだって!
だけどそそっかしいボーイさんがお皿をひっくり返しちゃって、
それを見たコックさんが、
『おお、それはノラにやろう! パーティのおすそわけだ!』
といって、おいらのために取っといてくれたんだって〜!
ふふふ、これはあの子と一緒に食べるんだ!
『まぁ、ノラ! あなたって、なんてステキなんでしょう!』
なぁんて、きっと目を輝かせてくれるだろうな〜!」
そんなことを勝手に想像しながら、ウキウキと橋の上を通りかかったときです。
ふと下を見ると、そこに自分によく似た犬がいて、同じように、
口に大きな肉をくわえています。
「やぁ、アイツも肉を持っている。もしも、あの肉を手に入れることができたら、
あの子はもっと喜んで、もっとおいらのことを尊敬してくれるかもしれない」
ノラは、その犬をおどして、肉を奪ってしまおうと思いました。
「ウ〜〜〜ワン! その肉を、こっちによこせ!」
ノラが吠えたその瞬間。
ノラの口にあった肉は、あっという間にバシャンと音を立てて川に落ち、
下にいたはずの犬はゆらゆらとゆらめいて、見えなくなってしまいました。
そしてふたたび姿を現したとき、その犬はもう、肉を口にくわえてはいませんでした。
「しまった! アイツに二つとも肉を食べられてしまった。
なんてこった!
おいらの考えが足りなかったばっかりに、
せっかくのコックさんの好意をむだにしてしまい、
あの子を喜ばせることもできなくなってしまった。
ああ、おいらはなぜ、あの肉だけで満足しようとしなかったんだろう」
いくら悔やんでも、肉はもう戻っては来ません。
ノラはとぼとぼと橋を渡り、自分のねぐらへ帰ろうとしました――
その時です。
空から突然、大きな手が現れました。
そうして、驚きのあまり吠えることも忘れてしまったノラの目の前で、
大きな手は、川の中からさっきノラの落とした肉を拾い上げ、
橋の上に投げ出しました。
「さぁ、ノラ。これを大好きな彼女の所に持って行って一緒に食べなさい。
今度からは、自分に必要以上のものを望んじゃあだめよ」
ノラは、「ワン!」とひと声、喜びと感謝の声を上げると、
橋の上の肉をくわえて、一目散に彼女の元へと駈けていきました。
*
その後ろ姿を見届けてから、私はそっと、膝の上の絵本を閉じた。
これは私の本だもの。
結末をハッピーエンドに変えちゃってもいいよね。
ね、イソップおじさん♪
(おわり)