『ひとりでおつかい』
「こんなところで寝ていてはダメよ。」
耳元でささやく声に、女の子はふと目を開けました。
「きゃ!」
そこにいたのは、なんと、茶色と黒の大きな身体をしたオオカミ!
けれどもオオカミは、やさしげな声でこう言いました。
「こわがらないで。私たちはやたらに人を襲ったりなんかしないわ。
それより、こんな野原の真ん中で、たったひとりでどうしたの?」
そこで女の子は、おかあさんに頼まれて、森の向こうに住むおばあちゃんのところまで、
お誕生日のケーキを届けに行くのだと、オオカミに話しました。
「そしてここまで来たら、きれいなお花がいっぱい咲いてたから、
おばあちゃんに見せてあげたくて摘んでいたの。
だけど、野原はお日様ぽかぽかで気持ちよかったから……」
「そうだったの。ひとりでおつかいだなんて、えらいわね。
だけどおばあちゃんはね、きっと何よりも、
おじょうちゃんに会うことを楽しみにしているはずよ。
お花はいま手に持っているだけで十分。
早く行って、元気なお顔を見せてあげましょうね」
「は〜い!」
女の子は、元気よく返事をすると、
眠っていても離さなかった花たちを、大事そうにバスケットにしまい込み、
勢いよく歩き出しました。
――オオカミが、そっと女の子の後をつけ始めました。
*
女の子は、立ち止まって小鳥の声に耳を澄ませたり、川のせせらぎに手を浸してみたり、
ちょこちょこ寄り道をしながら、森の道を進んで行きます。
後ろからは、あのオオカミが、ずっと、つかず離れずについて来ていました。
*
日暮れ近く、女の子は、ようやくおばあさんの家の近くまでやってきました。
家の前に立って、女の子の来るのを、今か今かと気をもんで待っていたおばあさんは、
女の子の姿を見つけると、にっこりと微笑んで、大きな声で名前を呼びました。
「あ、おばあちゃん!」
気づいてかけだした女の子の後ろから、突然オオカミが姿を現しました。
跳ぶように走ってきて、みるみる女の子に迫ります。
あっ!
と思ったその瞬間。
オオカミは女の子を追い越して、おばあさんの足元に走り寄り、
尻尾をブンブン振ってじゃれつきました。
「おお、よしよし。ありがとうね、無事にあの子を連れてきてくれて。
おかあさんに『はじめてのおつかいは成功!』って電話をしたら、
お前にもこのケーキを分けてあげようね」
おばあさんはそう言って、オオカミ、のように大きな自分の飼い犬”アカネ”と、
かけ寄ってきた孫娘の”茜”を、同時に、愛おしそうに、抱きしめました。
(おわり)