『ひとりでおつかい』

 

「こんなところで寝ていてはダメよ。」

 

耳元でささやく声に、女の子はふと目を開けました。



「きゃ!」



そこにいたのは、なんと、茶色と黒の大きな身体をしたオオカミ!

けれどもオオカミは、やさしげな声でこう言いました。



「こわがらないで。私たちはやたらに人を襲ったりなんかしないわ。

それより、こんな野原の真ん中で、たったひとりでどうしたの?」



そこで女の子は、おかあさんに頼まれて、森の向こうに住むおばあちゃんのところまで、

お誕生日のケーキを届けに行くのだと、オオカミに話しました。



「そしてここまで来たら、きれいなお花がいっぱい咲いてたから、

おばあちゃんに見せてあげたくて摘んでいたの。

だけど、野原はお日様ぽかぽかで気持ちよかったから……」



「そうだったの。ひとりでおつかいだなんて、えらいわね。

だけどおばあちゃんはね、きっと何よりも、

おじょうちゃんに会うことを楽しみにしているはずよ。

お花はいま手に持っているだけで十分。

早く行って、元気なお顔を見せてあげましょうね」



「は〜い!」



女の子は、元気よく返事をすると、

眠っていても離さなかった花たちを、大事そうにバスケットにしまい込み、

勢いよく歩き出しました。



――オオカミが、そっと女の子の後をつけ始めました。





女の子は、立ち止まって小鳥の声に耳を澄ませたり、川のせせらぎに手を浸してみたり、

ちょこちょこ寄り道をしながら、森の道を進んで行きます。

後ろからは、あのオオカミが、ずっと、つかず離れずについて来ていました。

 



日暮れ近く、女の子は、ようやくおばあさんの家の近くまでやってきました。



家の前に立って、女の子の来るのを、今か今かと気をもんで待っていたおばあさんは、

女の子の姿を見つけると、にっこりと微笑んで、大きな声で名前を呼びました。



「あ、おばあちゃん!」



気づいてかけだした女の子の後ろから、突然オオカミが姿を現しました。

跳ぶように走ってきて、みるみる女の子に迫ります。

あっ!

 

 

 

 

 

と思ったその瞬間。

 

 

 

 



オオカミは女の子を追い越して、おばあさんの足元に走り寄り、

尻尾をブンブン振ってじゃれつきました。



「おお、よしよし。ありがとうね、無事にあの子を連れてきてくれて。

おかあさんに『はじめてのおつかいは成功!』って電話をしたら、

お前にもこのケーキを分けてあげようね」



おばあさんはそう言って、オオカミ、のように大きな自分の飼い犬”アカネ”と、

かけ寄ってきた孫娘の”茜”を、同時に、愛おしそうに、抱きしめました。

 

(おわり)


 

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