『リリース(release)』〜流れ星の使命〜
赤、青、緑、黄色、ピンク、白。 春まだ浅い水色の空に、小学校の校庭から、いっせいに風船がに飛び立ちました。 その糸の先に、卒業生の数だけ夢を結びつけて・・・。
流れ星は使命として、一つだけ夢を叶えることができます。 たいていの星は落ちてしまう前に、誰かが見つけて大急ぎで願い事をするものなのですが、 その星が落ちてきたのは昼間だったので、誰にも気づかれることがなく、 彼は使命を果たせないままに、ゆらゆらと深い海に沈んでいきました。 けれども彼は、一人きりだったわけではありません。 海面にぶつかる前に何かが彼のからだに引っかかり、 それが海の底に辿り着くまで、彼から離れなかったからです。 僕は願い事をされなかった流れ星なんだ。だから、今は自分のためにその力を使えるんだよ。 僕は魚になって、この海を自由に泳ぎ回ろうと思っているのに、 君がいたらそれができないじゃないか」 「ごめんなさいね、流れ星さん。 私だって、あなたから離れて、どこか人間のいるところに行きたいのよ。 私の使命は、私を書いてくれた女の子の夢を誰かに届けることなの。 だけど、私を運んでいた赤い風船さんが、できるだけ遠くへ飛んで行こうと張り切って、 空の高いところまで上がっていって、あなたとぶつかってしまったんだもの」 「やぁ、君は『手紙』というものだね。 そうだったのかぁ。僕が君の風船を破裂させてしまったんだね。それなら僕にも責任があるなぁ。 でも、僕はせっかく自由を手に入れたところだから、それを手放すのは惜しいよ。 少し考えさせてくれないか」 「わかったわ。待つわ。でも私、あなたが私の願いを聞いてくれるってきっと信じてるわ」 そこで、流れ星はしばらく考えました。 けれども、流れ星が“しばらく”と思った時間は、この世界ではとても永い時間でした。 そういうわけで、ようやく彼が結論を出したときには、十年以上の時が経っていたのです。 流れ星は言いました。 「お手紙さん。僕は、君と僕の両方の願いを叶える、とても良い解決策を思いついたよ! 僕は君を付けたまま魚になって、海の浅いところを泳ぎまくる。 すると、人間が僕を釣り上げるだろう。 その人間は君のことを見たら、必ず手に取って読んでくれる。ほら、一石二鳥だろう?」 十年の間、ただひたすら答えを待っていた手紙は、それを聞いて大喜び! ・・・のはずなのに、彼女は心配そうにこう言いました。 「流れ星さん。それでいいの? 私、十年もあなたと一緒に過ごしてきて、なんだか離れがたくなっちゃった。 それに、あなたは人間に釣り上げられたら、食べられてしまうのよ? それって、とっても悲しいなぁ」 「あはは。何を心配してるんだい、お手紙さん。僕が、願いを叶える星だってことを忘れてないかい? それって、幸運をつかさどる星ってことなんだよ」 流れ星はそう言って、暗い海の底でピカピカッと明るい光を放って見せました。
日本を一周するという企画の船旅に参加していた人達は、 港に降りてそれぞれの目的地へ散っていき、 船でのんびりしたいという人達だけがそこに残っていました。 そんな、人影の少ない船の甲板から、若い男性がひとり、海に釣り糸を垂らしていました。 彼のとなりには同じくらいの年齢の女性が寄り添って座り、一緒に竿の先をみつめています。 その竿が、ぐぃっと大きくしなりました。 「あ、きた!」 二人同時に叫ぶと、男性は素早く竿を引き、糸を巻き上げました。 すると、なんとも不思議なものが上がってきたではありませんか。 針に食いついていたのは平べったい大きなカレイで、そのからだには、 何やら四角い紙がピッタリと張り付いています。 結びつけられた糸には、風船がちぎれたような赤いゴムの切れ端がからんでいました。 カレイをぶら下げたまま目を丸くしている男性。 その紙をはがして手に取った女性が、「あ!」と声を上げました。 「これ、私が書いた手紙だわ!」 「え?」 「私ね、小学校の卒業式の日に、みんなと一緒に風船を飛ばしたの。 将来の夢を書いたお手紙を付けて。その夢が叶いますようにって願いを込めて」 「ええ! だって、それだともう十年以上も前の・・・」 「うん、でも、そうなんだもん。ほら、これ、私の字。ここに私の名前も書いてある」 広げた紙にはマジックペンで書かれた黒い文字が連なり、 最後の方に、確かにその女性の名前が記されていました。 「わぁ、すごいじゃない! よく今まで破れずに残っていたね〜! で、なんて書いたの? 夢は叶ったの?」 それを聞くと、若い女性はさっと男性の目から手紙を隠してしまいました。 「あれ、読ませてくれないの?」 「うふふ。願いごとはね、多分、叶ったわ。だから、これは私が大事に大事にしまっておくの。 ご苦労様でした、ありがとうって」 「そうかぁ。良かったね。じゃぁ、大事な手紙を届けてくれたこのカレイも、 ご苦労様、ありがとう、って、海に帰してやらなくちゃいけないね」 若い男性はカレイの口から針を外し、 「サンキュ〜!」 そう言って、ぽーんと海に放り投げました。 使命から解放された流れ星、いえ、平たい大きなカレイは、 綺麗な放物線を描いて海に落ち、そのまま自由な世界へと旅立っていきました。 (おわり) |
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