『サボテンの花が咲いたよ』

 

「あとでみんなで野球をしよう!」

学校帰りにクラスメイトと約束をした僕は、家の玄関にランドセルを投げだして、

そのまま表へ飛び出そうとした。

でもそのとき、台所でしょんぼりしている母さんの姿が目に入ったんだ。

母さんは、窓辺に置いてある小さなサボテンの鉢を手に取って、ため息をついていた。

「どうしたの?」

「このサボテン、急に元気がなくなっちゃったのよ。

もうすぐ初めての花が咲きそうだったのに……」

「ホントだ。なんかしおれてるみたいだね」

母さんは、水のやりすぎで、これまで何度もサボテンをダメにしていた。

だから、今回はとても慎重に育てていたのに

悲しそうにしている母さんに、何か気の利いたことを言ってあげたかった。

だけど、うまい言葉を思いつけない。

僕は

「やっちゃん達と遊んでくるね」

と言って、そっと家を出た。
 

友達みんなと近所の空き地で落ち合って 、 僕たちは野球をした。

からだの大きなやっちゃんがホームランを打った。

ボールは草むらに入り込んで見えなくなってしまった。

そのボールをみんなで手分けして探している最中、僕は、草むらの中に、

キラッと光るモノを見つけた。

それは、きれいなピンク色の石がついた指輪だった。

「わぁ、きれいだなぁ。ぴかぴか光ってる。誰が落としたんだろう」

 ちょうどその時、だれかが、「ボール見つけたぞ〜!」と叫んだので

僕はそれをポケットに入れて――そのまま忘れてしまった。

 

その晩、僕が寝ていたら、飼い猫のミケが帰ってきてカサカサと音を立てている。

「……うるさいなぁ。ミケ、また何か捕ってきたのか?」

眠い目をこすりながら起きあがってみると、違う! ミケじゃない!

 白くて小さくて、しっぽの長い生き物が、部屋の中をあちこち動き回っているのだ!

「うわ! ネズミだ!」

ネズミは、僕が起きたのに気付くと、ツツツ、と、僕に近づいてきた。

僕はギョッとしたけど、よく見たら、とっても可愛らしいハツカネズミだったので、

少しだけ安心した。

ところが、そのハツカネズミが僕に口をきいたんだ!

「突然ごめんなさい」

「わ、なんだよ! これって夢!?」

かまわずに、ハツカネズミは続けた。

「私はサボテン王女の小間使いを務める者です。

明日は王女様の成人を祝う戴冠式があるのですが、大切な冠が、

花の女神様の元から運ばれてくる途中でなくなってしまったのです。

皆が大あわてであちこち捜した結果、

あなたがその冠をお持ちだと言うことがわかりました。

お願いです。どうか、冠を返していただけないでしょうか」

「冠? 僕、そんなの知らないよ?」

「いえ、確かにお持ちのはずです。その冠にはきれいなピンク色の石が飾ってあります。

今日、あなたは草むらでその冠を拾い、そのまま持って帰られたはずです」

 草むらで拾った……ピンクの飾りのついた……冠?

「あ!」

僕は、思い出した。ボールを探していて見つけた、あの指輪のことを。

「もしかして、あの指輪!?」

「はい。あれは指輪ではなく、サボテン王女が明日いただくべき王冠なのです。

返していただけますね?」

「ごめん! 僕、拾ったことをすっかり忘れてた。

そんな大切なモノだったんだね。ちょっと待ってて」

僕は、椅子の上に投げ出してあったジーンズのポケットを探って、指輪……

じゃない、サボテン王女の王冠を取り出した。

「あ、それです! 良かった! これで明日の戴冠式を無事に行うことができます。

見つけてくださった上に、大切に保管しておいてくださって

どうもありがとうございました」

サボテン王女の小間使いは、つぶらな赤い瞳をきらっとさせて僕から王冠を受け取ると、

薄いピンク色をした細いしっぽに上手に通し、

そのままササッと部屋を横切って、どこかへ消えてしまった。

僕は、しばらく呆然としていたけれど、眠気の方が勝って、

そのまますとんと眠ってしまった。

 

翌朝、母さんの「ごはんよ〜!」の声に起こされた僕は、

ねぼけまなこのまま、台所へ降りていった。

テーブルの横で母さんが、サボテンの鉢を手にとって、嬉しそうに眺めている。

「不思議ね〜! 急に元気がなくなったかと思ったら、また急に元気になって……

ほら、こんな可愛い花が咲いたわよ」

見ると、昨日しおれかけていたサボテンは、

丸いトゲトゲの頭のてっぺんに、ピンク色の可憐な花を咲かせていた。

あ、王女様の戴冠式が無事に済んだんだ!

 って、僕は思った。

それから、母さんが元気になってよかったな、って!

 

(おわり)

 

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