『空に浮かんだ大きな鏡』
陽の暮れかけた秋の野を、風が涼しく吹き渡っていきます。
野原の真ん中では、野ウサギの兄妹が、仲良く追いかけっこをしていました。
二匹がピョンピョン駆け抜けるたびに、
キリンソウの黄色い穂がザワザザワッと音を立てて揺れます。
「にいちゃん、つかまえた!」
「やぁ、お前、走るのが速くなったなぁ!」
兄に褒められて、妹のウサギはとてもうれしそうです。
「今度は、にいちゃんが鬼だ。十数える間に、できるだけ遠くまで走って行ってごらん」
「うん!」
妹ウサギは、兄ウサギが後ろを向いて数え出すのと同時に走り出し、
ふと、あることを思いつきました――。
十数え終わった兄ウサギは、妹ウサギを捕まえようと、あたりをすばしこく見渡しました。
しかし、妹ウサギの姿が見えません。
「アイツ、どこまで行っちゃったんだろう」
兄のウサギは、暗くなった野原の中を、妹を捜して走り回りました。
キリンソウの下を抜け、アカマンマやエノコログサの上を跳び越え、
ススキの原へ向かいます。
その時、あたりが急にパァ〜ッと明るくなりました。
山の上にかかっていた雲が切れて、大きな、鏡のような月が顔を出したのです。
見上げた兄ウサギはびっくりしました。
まん丸い、月の中に、妹のウサギが閉じこめられているではありませんか!
シクシクという悲しげな泣き声が、聞こえてきます。
……いえ、違いました。声が聞こえてくるのは、もっと近くからです。
月の光の満ちた草原で、兄ウサギは、耳をピンと立て、
鼻をヒクヒクさせ、目を凝らしました。
――すぐそばのススキの茂みの間から、可愛らしい二本の耳がチョコンと覗いて、
フルフルと小さく震えています。
兄ウサギは、ニッコリしました。
「見つけた! お前、こんなところにいたのか」
「にいちゃん、遅い!」
ススキの穂が揺れ、妹ウサギが泣きながら跳び出してきました。
兄を驚かそうと思ってかくれたのは良いけれど、なかなか見つけに来てくれないし、
あたりがどんどん暗くなるので、妹ウサギは心細くなってしまったのでした。
安心してワーワーと泣き始めた妹ウサギをなだめながら、
兄ウサギはもう一度、月を見ました。
たまご色をしたまあるい月には、今度は、かあさんウサギの姿が映っています。
「ほら、見てごらん。かあさんが心配して待っている。早くおうちへ帰ろう」
「うん!」
兄ウサギと、ようやく泣きやんだ妹ウサギは、仲良く並んで、
自分たちの巣穴に向かって駆け出しました。
空の上からは、十五夜のまあるい月が、そっと二匹の後ろ姿を照らしていました。
(おわり)