『タンポポ』

 

建物が取り壊された跡の空き地には、誰も何も植えないのに、

いつの間にか緑色の草たちに覆われて、野原になってしまいます。

それは、土の中でずっと眠っていた草の種たちが、

お日様の光を受けて一斉に目を覚ますからなのです。

 

今、小さなタンポポが目を覚ましたこの野原も、そんなふうにしてできました。

お日様の光が溢れるこの野原では、毎日、たくさんの花たちが目覚めます。

そして、互いに「おはよう」と声を掛け合い、風に揺れながらおしゃべりを楽しみます。

そこへ、蜜を求めて、チョウチョやミツバチが飛んで来ます。

人間に連れられた犬が、通りかかるたびに鼻を寄せてきたりします。

夜になると、近所の猫たちが集まってきて、なにやら相談をしているようです。

仲間たちと賑やかに過ごせる毎日が楽しくて、タンポポの黄色い花びらは、

どんどん輝きを増していきました。

空からはお日様が、ぽかぽかと暖かい光を投げかけていました。

 

そんなある日のこと。

野原に四本の杭が打たれ、ぐるりと綱が張り巡らされました。

ここに家が建つ前触れです。

長い間待って、ようやく地上に出られたというのに、

タンポポはまた土の中に戻らなくてはならないのでしょうか。

 

気がつくと、お日様の光のように広がっていた、タンポポの黄色い花びらは、

ふわふわとした白い綿毛に変わっていました。

いつの間にかタンポポは、おかあさんになっていたのです。

 

おかあさんタンポポは、ふわふわの綿毛を持った子どもたちに言いました。

 

「さぁ、あなたたち。今度強い風が吹いたら、それに乗って飛び立つのよ。

ここに家が建ってしまったら、あなたたちが目を覚ますのは、

きっと何年も先になってしまう。だから、できるだけ遠くに飛びなさいね」

 

向こうから強い風がやってきました。

タンポポの子どもたちは、おかあさんに言われたとおり、ふわふわの綿毛につかまって

一斉に空へと舞い上がり、遠くを目指して飛んで行きました。

 

ところが、ひとつだけ、すぐ下に落ちてしまったのです。

 

「まぁ、どうしたの? 頑張って遠くに飛ばないと、かあさんみたいに、

長い長い時間を、土の中で過ごすことになってしまうわよ」

 

けれどもその子は言いました。

 

「いいの、かあさん。

私は、もう少し、かあさんのおそばにいたいの。

それに、長い長い時間を土の中で過ごすことになっても、

地上に出られたときの喜びは、きっと大きくなるでしょう?」

 

おかあさんタンポポは、それを聞くとにっこりと微笑み、

もう遠くへ飛んで行きなさいとは言いませんでした。

 

まもなく大きなクルマが入ってきて、地面を掘り返し始めました。

こうして、野原には再び家が建ちました。

 

翌年の春。

新しい家の庭に作られた、広い花壇の片隅で、小さなタンポポが目を覚ましました。

庭で遊んでいた子どもがそれをみつけ、母親に教えます。


「ねぇ、ママ、かわいいお花が咲いてるよ」

 

母親は、子どものとなりにしゃがみ込んで教えます。

 

「たぁちゃん、これはね、タンポポっていうのよ」

「タンポポ? タンポポって、小さいお日様みたいね」

「そうね。タンポポとお日様は、とても仲良しなのよ」

「タンポポとお日様は、仲良しなの? たぁちゃんとママみたいに?」

「そうよ。たぁちゃんとママみたいに!」

 

母親はそう言って、幼い子どものからだをぎゅうっと抱きしめました。

それを見ていたタンポポは、くすぐったいような、なつかしいような気持ちになって、

黄色い花びらをそっと震わせました。

空からはお日様が、ぽかぽかと暖かい光を投げかけていました。

 

(おわり)

 

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