『若返りの秘密』
「『・・・さびしさのあまり、思わず玉手箱を開けてしまった浦島太郎は、 たちまち白髪のおじいさんになり、鶴になって飛んで行ってしまいました・・・』 ふつうに伝わっている昔話はここまでだけど、でも、 爺はこれとは別の、秘密の話を知っているんだよ」 「え、そうなの? おじいちゃん、僕にその秘密の話を教えてよ」 孫の大樹は目を輝かせて、話の続きをせがみます。 おじいさんは満足そうにうなずくと、続けました。 「玉手箱の中には、煙だけじゃなくて、 乙姫様から浦島太郎に宛てた手紙が入っていたのさ。だってそうだろう? 大好きな浦島太郎をおじいさんにしてしまってそこで終わりだなんて、 普通考えられないじゃないか」 奥手の大樹には、まだその辺のことはよくわからなかったけれど、 大人の人の恋っていうのはたぶんそうなんだろうなぁ、と想像して、 「うん、そうだよね」と、あいづちを打ちました。 「うんうん。それでな、その手紙には、『もう一度私に会いたいと思うのでしたら、 この手紙を胸に抱き、海辺にある神社の鳥居を浜に向かってくぐってください。 あなたの真心が通じれば、道は開けます』と書かれてあった。 浦島太郎は、竜宮城での楽しいひとときを思い出し、 乙姫様をとても恋しく思っていたから、すぐに手紙に書いてあることを試してみた・・・」 「それで、浦島太郎は元の若者に戻れたの?」 「いいや。元通りの若者には戻れなかったのだがね、おじさんになることはできた。 なぜならだ、くぐったのは鳥居、とりい、取り“い”、取る“い”、・・・。 “おじいさん”から“い”を取るとどうなる?」 「・・・。おじいちゃんたら、もう! IQサプリの見過ぎだよ!」 大樹はからかわれたのだと思って、思いっきりふくれっ面をしました。 「アハハ、まぁ待て。この話にはまだ続きがあるんだから・・・。 おじさんになった浦島太郎は、浜でじっと何かが起こるのを待っていた。 すると、前に広がる海の彼方から、ひとりの女性がウミガメの背中に乗ってやってきた。 彼女こそが、あの乙姫様だった。 そして乙姫様も、人間になることで少し年を重ねてしまい、 ちょうど太郎と釣り合う年齢の女性になっていたんだ。 そしてふたりは目出度く結ばれ、海辺の村で、末永く幸せに暮らしたと言うことだ。 はい、これで爺の秘密の話はおしまい!」 「ふうん・・・。でも、今のって、おじいちゃんの作り話なんでしょう?」 「いや、ちがうよ。その時の乙姫様の手紙を、爺はちゃんと持っているんだから。 ちょっと待ってなさい」 おじいさんは奥の部屋に引っ込み、綺麗な蒔絵の箱を手にして戻ってきました。 そして中から、少し色の変わった白い封筒を取り出すと、 半信半疑の大樹に見せようとしました。 その時、台所で夕飯の支度をしていたおばあさんが慌てて飛んできて、 「やめてください! まったくもう、おじいさんたら。はずかしいじゃありませんか」 ――その手紙は、若い頃、離れて暮らしていたおばあさんが おじいさんに出した恋文だったようです。 おじいさんはハッハッと愉快そうに笑うと、手紙をしまいに行ってしまいました。 大樹は、おじいさんにだまされてちょっと悔しかったけれど、でも、もしかしたら、 おじいさんは時々、あの手紙を胸に抱いて鳥居をくぐっているような気がしました。 「だって、あの気の若さはただものではない!」 そう思い、大樹は、さっきのおじいさんの話も信じてみることにしたのでした。
(おわり)
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