いつの頃からか、「座敷童(ざしきわらし)」という、こどもの形をした妖怪がいて、
こどもたちが遊んでいると、いつの間にか人数が増えていて、
でもみんな知った顔なので誰が増えたのかわからない、とか、
座敷童のいる家はしあわせになる、とか言われてきました。
ここに登場する座敷童は、家と言うよりも人間が好きで、
仲の良い夫婦を見つけると彼らの家に住み込み、
夫婦に赤ちゃんが出来ると、寝ている顔をじっとのぞき込んだり、
目覚めた赤ちゃんが泣き出さないように、お母さんが来るまであやしたりしていました。
そろそろ赤ちゃんが目覚める頃だと思って部屋に入ってくるお母さんは、
赤ちゃんが天井を見上げて笑っているのを見て、不思議そうな顔をします。
そして自分も天井を見上げ、そこに何も見えないのにきゃっきゃと笑っている
赤ちゃんの顔を見て、心配そうな顔になります。
座敷童の姿は、赤ちゃんにしか見えないのです。
そこで、座敷童はさっと天井裏に姿を隠して、あとはお母さんに任せるのです。
そんな風にして、夫婦と共に赤ちゃんの成長を見守り、彼らが成長して、
座敷童の姿が見えないようになってしまうと、座敷童はその家を離れ、
また新しい夫婦を捜すのでした。
座敷童自身には、お父さんの記憶もお母さんの記憶もありませんでした。
だから、人間の赤ちゃんと代わりたいなぁ、と思ったことが
今までにないわけではありません。
でも、そんなこと、思っても叶わぬことだとあきらめて、
いつも、赤ちゃんを笑わせることでとても幸せな気持ちになっていました。
今日もまた、座敷童は、新しく住み始めた家で、眠っている赤ちゃんの顔をのぞき込み、
気配に気づいて目を覚ました赤ちゃん相手に、
面白い顔をしたり、歌を歌ったりしてあやしていました。
そこへ、若いお母さんが、赤ちゃんのようすを見に部屋に入ってきました。
座敷童は、お母さんが不安に思わないように、素早く姿を隠そうとしました。
けれどもお母さんは、座敷童の方を見てにこっと笑い、
「ああちゃんと遊んでくれてありがとう」と言ったのです。
座敷童はびっくりして、姿を隠すのも忘れ、お母さんにききました。
「私が見えるの?」
「ええ、見えるわよ。だって、私も座敷童だったんだもの。
あなたと同じように、人間の赤ちゃんになって
お父さんとお母さんに甘えたいなぁって思っていたんだもの」
「え? 座敷童でも人間になれるの? どうやって?」
「永遠の命と引き替えに。
『私は人間の赤ちゃんになりたい』と強く願い、
目の前の赤ちゃんが『いいよ』とあなたを受け入れてくれたら、すぐに赤ちゃんになれるわ」
座敷童は考えました。永遠の命を持つことと、
今、この家の子どもになって、人間として生を全うすることと、
どちらが自分にとって幸せかと……。
――長い年月、私は座敷童だった。
いろんな赤ちゃんと遊べて、とても楽しかった。
このままずっと座敷童でいて、いつまでも遊んでいるのはきっと楽しいだろうな。
でも、人間になって、大人になって、結婚して、夫婦になって、赤ちゃんを産んで、
育てるのも、きっとわくわくするほど楽しいだろうな。
ううん、もちろん、人間になったらいろいろ辛いこともあると思うけど……
この人みたいに素敵な笑顔で笑えるお母さんになれるなら、
人間になってみても良いような気がする――
座敷童は、「いいの?」という風に、小首をかしげてお母さんを見ました。
お母さんはにっこりと頷いてくれます。
座敷童は、赤ちゃんにたずねました。
「ねぇ、私、あなたといっしょになってもいい?」
赤ちゃんは嬉しそうに両手を振り回しました。
「決めた!」
座敷童は、気持ちを集中させ、祈りました。
「私がこの子になれますように――」
「ああちゃん、目が覚めた? いい子ねぇ」
座敷童は、自分を抱き上げて、やさしくほおずりしてくれるお母さんの笑顔を、
夢のような気持ちで見つめていました。