クリスマスの魔法
さまざまな難問をクリアして、”世界を司る魔法の部屋”に辿り着いた少女は、
燃えさかる暖炉の上に置かれていた一冊の分厚い本を、そっと取り上げた。
「ここに究極の魔法が記されているのね」
少女は
どきどきしながら本を開いた。
だが、どのページも真っ白で、何も書かれていない。
「えっと……どうすればいいのかしら」
少女は、暖炉の中で踊っている、オレンジ色の炎に本をかざしてみた。
ぱたりと表紙がめくれ、目の前に裸の森の風景が蜃気楼のように立ち上が
る。
その、厳しく、凛としたたたずまいに、少女は思わず息をのんだ。
再びページがめくれると、
枯れ木のようだった幹に瑞々しさがみなぎり、
天に向かって伸びた枝には、ぽつりぽつりと萌葱色や赤紫の若葉が芽吹いた。
眠っていた蕾は目覚め、美しい花が咲き始める。
漂う甘い香りに酔ったように、少女はうっとり目を閉じた。
やがて花びらはひらひらとこぼれて少女の頬にかかり、部屋中を舞い始めた。
「まぁ、きれい! 花吹雪だわ!」
舞い散る白い花びらに、少女が目を奪われている間にも、ページは進み、
森は、初々しい黄緑色から、次第に濃い緑色へと変わっていった。
「季節が流れている……。これは夏ね。ということは――」
少女の予想通り、青々と茂っていた木々の葉は、今度は徐々に
赤や黄や褐色に
色を変え、ペルシャ絨毯のように華やかに森を彩った後、
力尽きて、一枚、また一枚と散り始めた。
と同時に、どうやらこの部屋まで冷えてきたようだ。
少女はぞくぞくっとして、思わず「はくしょん!」と、大きなくしゃみをした――
さっきまで赤々と燃えていた暖炉の火が消えてしまっている。
クリスマスプレゼントに父親からもらった、大好きなファンタジーの本を読みながら
ついうたた寝をしてしまったようだ。
それにしても寒い。
少女はぶるっと震えて立ち上がると、窓から外を覗いてみた。
寝ている間に降り積もった雪が、世界を銀色に変えていた。
向こうの森がぼんやりと明るい。裸の木々に氷の花が咲いている。
「ふふ、魔法って、本の中だけじゃないんだわ!」
天から絶え間なく落ちてくる羽毛のような雪ひらに、少女は目を輝かせて
そうつぶやいた。
(おわり)
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