恋はジェット気流に乗って
カタン、という音がして、玄関ドアの郵便受けから何かが差し込まれた。
たぶん郵便屋さんが来たのだろう。
春眠暁を覚えず、とばかりに、休日の惰眠をむさぼっていた遥は、
それでもうお昼なのだということに気づき、ようやくベッドから起き上がった。
パジャマ代わりのスウェットスーツのまま、玄関に落ちていた封筒を拾い上げると、
宛名の下に、
<ジェット 気流に乗って>
〜10年前 の過去からのメールが届きました。
午前0時に開封してください〜
と書いてある。
差出人は、通信販売で有名な会社。
「何? 新しい商品の紹介?
でも、何だろう、10年前の過去からのメールって。
『ジェット気流に乗って』は、昔から人気のある、ラジオの深夜番組よね。
そういえば、以前どこかで聞いたことがある。
未来に向けて、自分宛、もしくは大事な人宛のメッセージを託す、という企画。
私、10年前に何か応募してたっけ?
明日は――煮え切らない私を残して彼がハンブルグへ一人旅だった日――
・・・もしかして、彼!?」
期待に胸を膨らませて、遥はその日の午後いっぱいを
懐かしい記憶をたどることと、楽しい想像とに費やし、深夜になるのを待った。
そして約束の午前0時。
遥はどきどきしながら、封を切った。
「・・・。」
バサッ。
ベッドサイドに封筒を投げ出して、遥がつぶやく。
「10年の時を遡って作られた、番組CD購入のお誘いかぁ。
あは、こんなものよね。
やっぱりダイレクトメールはダイレクトメール。
でも、半日楽しませてくれたことには感謝しなくっちゃね。
さ、明日は仕事だからもう寝よ!」
遥は、枕元の灯りを消した。
遥が眠りについた頃、暗い部屋の中に、微かにエンジン音が響き、
”ミスターロンリー”の、甘く切ないメロディーが流れ始めた。
明日の朝、10年の時を遡った自分が、ハンブルグ行きのジェット機の窓から、 彼と一緒に 朝焼けに輝く雲海を眺めていることを、今の遥はまだ知らない。
(おわり)