桜・風船

 

「何だろう? これ」



いつも行く百円ショップで、幸は「桜・夢風船」と書かれた商品を見つけた。

透明の袋の中に、桜の花を模した風船が一個入っている。

裏を返すと、

<この風船を膨らませると願い事が叶います>

なんて書いてある。



「へぇ、おもしろそうじゃない。これが最後の一個? なら買っちゃおう!」



変わったものが大好きな幸は、可愛い封筒やカラークリップなどの入っていたカゴに、

その風船も加えて、店のレジへ向かった。





家に帰った幸は、さっそく夢風船の効力を試してみることにした。



「なになに? 願い事をしながら膨らませてください、だって。私の願いは・・・」



――幸の願いは、この間ケンカをしてしまった太一と仲直りをすること。



ケンカの原因は些細なことなのに、お互いに意地を張り合って、

もう二週間も、メールも電話もしていない。

幸は、太一から電話がかかって来ることを願いながら、

桜色の風船に口を当て、ふぅ〜っと息を吹き込んだ。



「・・・膨らまない」



もう一度。

今度ははぁ〜っと大きく息を吸い込んでから、さっきよりも強く吹いてみた。

風船はプクッとするだけで、それ以上広がっていこうとしない。

何度も何度もトライする幸。

それでも風船は膨らむ気配を見せない。



「だめだわぁ。なんでぇ? もう、絶対膨らませてみせるんだから!

頭が痛くなっても、ほっぺが痛くなっても止めない!」



幸は、風船を膨らませることに夢中になってしまった。





夢風船と格闘しつづけること30分。

何かコツでもあったのか、ふいに風船が膨らんだ。


「やった!」


後は息を吹き込み続けるだけ。

幸は、勢いづいて、どんどん風船に息を吹き込んだ。

桜色の風船は、大きく、大きく、膨らんで、膨らんで、膨らんで・・・



バンッ!!



突然、大きな音を共に風船が割れた。

中から飛び出した桜の花びらが、パァ〜ッと空中に散らばって、

床の上にひらひらとこぼれ落ちた。



「私の風船が・・・桜の花が・・・散っちゃった・・・」



呆然と立ちすくむ幸。

そして気が付いた。



「そっか・・・。私の願いは叶ったんだわ。

風船は膨らんだもの。

私の願いが途中で変わってしまっただけで。

でも夢風船はもうない・・・」



しばらくじっと考え込んでいた幸が、バッグから携帯電話を取り出した。

リダイヤルボタンを押して耳に当てる。

幸の家に向かってクルマを走らせていた太一のポケットの中で、携帯電話が鳴った。



(おわり)