桜・夢風船
「何だろう? これ」
いつも行く百円ショップで、幸は「桜・夢風船」と書かれた商品を見つけた。
透明の袋の中に、桜の花を模した風船が一個入っている。
裏を返すと、
<この風船を膨らませると願い事が叶います>
なんて書いてある。
「へぇ、おもしろそうじゃない。これが最後の一個? なら買っちゃおう!」
変わったものが大好きな幸は、可愛い封筒やカラークリップなどの入っていたカゴに、
その風船も加えて、店のレジへ向かった。
*
家に帰った幸は、さっそく夢風船の効力を試してみることにした。
「なになに? 願い事をしながら膨らませてください、だって。私の願いは・・・」
――幸の願いは、この間ケンカをしてしまった太一と仲直りをすること。
ケンカの原因は些細なことなのに、お互いに意地を張り合って、
もう二週間も、メールも電話もしていない。
幸は、太一から電話がかかって来ることを願いながら、
桜色の風船に口を当て、ふぅ〜っと息を吹き込んだ。
「・・・膨らまない」
もう一度。
今度ははぁ〜っと大きく息を吸い込んでから、さっきよりも強く吹いてみた。
風船はプクッとするだけで、それ以上広がっていこうとしない。
何度も何度もトライする幸。
それでも風船は膨らむ気配を見せない。
「だめだわぁ。なんでぇ? もう、絶対膨らませてみせるんだから!
頭が痛くなっても、ほっぺが痛くなっても止めない!」
幸は、風船を膨らませることに夢中になってしまった。
*
夢風船と格闘しつづけること30分。
何かコツでもあったのか、ふいに風船が膨らんだ。
「やった!」
後は息を吹き込み続けるだけ。
幸は、勢いづいて、どんどん風船に息を吹き込んだ。
桜色の風船は、大きく、大きく、膨らんで、膨らんで、膨らんで・・・
バンッ!!
突然、大きな音を共に風船が割れた。
中から飛び出した桜の花びらが、パァ〜ッと空中に散らばって、
床の上にひらひらとこぼれ落ちた。
「私の風船が・・・桜の花が・・・散っちゃった・・・」
呆然と立ちすくむ幸。
そして気が付いた。
「そっか・・・。私の願いは叶ったんだわ。
風船は膨らんだもの。
私の願いが途中で変わってしまっただけで。
でも夢風船はもうない・・・」
しばらくじっと考え込んでいた幸が、バッグから携帯電話を取り出した。
リダイヤルボタンを押して耳に当てる。
幸の家に向かってクルマを走らせていた太一のポケットの中で、携帯電話が鳴った。
(おわり)
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