ち上げ花火

 

あれは、高校二年の夏休み。



クラスメイトの亮(トオル)君との初めてのデートの約束は、遊園地の花火大会だった。

園内にあるプール施設で、亮君は監視員のアルバイトをしていて、

それが終わってから一緒に花火を観よう、と私を誘ってくれたのだ。





約束の日曜日。

私は、紺地に大輪の白菊が染め抜かれた、おろしたての浴衣に袖を通し、

黄色い帯を母親に締めてもらい、紅い鼻緒の下駄を履いて、

高鳴る胸の鼓動を必死に抑えながら、電車で彼の待つ遊園地へと向かった。



待ち合わせの時間は午後7時。

早めに着いてしまった私は、遊園地のゲート入り口で、

彼がバイトを終えて迎えに来てくれるのを待った。

園内に入ってゆくたくさんの人に背を向けて、

知った顔に会わないように祈りながら、

彼が現れそうな方角と、

だんだん暮れてゆく夏の夕空と、

真正面に見える大きな丸時計と、

履き慣れない下駄から覗く白い指先に、視線を移しながら・・・。



けれども、7時10分になっても、20分になっても、彼は現れない。

どうしちゃったんだろう、亮君・・・。



時間はどんどん過ぎて行く。

チケット係のお姉さんが、さっきからこちらを気にしている。

目の前に見える丸時計の針は、もうすぐ、花火の始まる8時を指そうとしている。

私の胸に、少しずつ不安が押し押せてきた。

――もしかして私、このまますっぽかされちゃうの?



泣きたくなる思いをこらえて、それでもじっと同じ場所で立ち続ける私の所へ、

ようやく亮君が走ってきた。

赤い水泳帽を被った、プール監視員そのままの格好で!

笑顔で彼を迎えようとしていた私は、その場で凍った。



「ごめん、プールで事故があって・・・」



亮君が、一生懸命、状況を説明してくれている。

大事には至らなかったけれど、救急車が来るまで大変だったこと。

これから反省会があるから、すぐに戻らなくちゃいけないこと・・・。

でも、私の頭の中には、ひとつのことしかなかった。

――花火、一緒に観れないんだ。



口をきけなかった。

口を開くと、泣いてしまいそうだった。



――わかってる。

亮君のせいじゃない。

でも、私は、亮君と一緒に花火を観たかったの。

すごく楽しみにしていたの。

すごく、すごく、楽しみにしていたの・・・。



「じゃぁ、行くね!」

亮君は、そう言って走り去ってしまった。

私はひとり、ぽつんと遊園地の入り口に取り残された――。



家に帰って部屋にこもり、私はたくさん泣いた。

自分のことを、すごく可哀相だと思った。

そしてそれから・・・

亮君とは、そのままになってしまった――。





亮君はあの時、初めてのアクシデントに、パニックになっていたはず。

だけど、私が待っているのを知っていたから、

きっと上の人に断りを入れて、

あんな格好のまま、私に知らせに来てくれたんだ。

それなのに私は、自分のことばかり・・・。



もしも、あの時の苦い痛みを浄化してくれるものがあるとすれば、

それは、私の身体に轟き渡る、打ち上げ花火の豪快な炸裂音――。





「わ!」

突然、ほっぺたに冷たい感触が走った。

「瑛子、ほらビール。どうしたの? ぼぉーとして・・・」

飲み物を買いに行ってくれてた亮君が、水滴の付いた冷え冷えの缶を、

私の顔にぺたっと押しつけたのだった。

「いやん、もう! 顔が凍傷になっちゃうじゃない」

思わずそんなふうに返したけれど、私の顔は笑っていた。

悪戯好きな亮君。大好き!



そう、私は今、亮君と一緒に、海辺の花火大会に来ている。

大人になってから再び出会った私たちは、

こうして、防波堤のコンクリートの階段に並んで腰を下ろして、

波の音を聞きながら、花火が上がるのを待っている。

風が吹くたびに潮の香りが鼻をくすぐり、私はなぜか、切ないような気持ちになる。



――もしかしたら、あの時のあの痛みは、

私にとって必要なモノだったのかも知れないな。。



「あ、始まるよ!」

亮君の声がして、海の方角から、ひゅるるるる〜という音が響いた。

ドド〜ン! ド〜ン! ドド〜ン! パチパチパチ!

頭の真上で花火が炸裂し、轟音と、弾けるような破裂音が、

びりびりと私の身体を内側から揺さぶる。

紺色の夜空に、大輪の菊の花が、いくつもいくつも、重なって広がっていった。



(おわり)