早い秋の陽が傾きはじめた午後の4時。
にぎやかな集団下校の小学生達に距離を置いて、
セーラー服姿の娘が、うつむきがちに、黙々と坂道を上がってきていました。
ふと、道ばたに咲く一叢の野菊に目を留めた娘は、
スカートの裾を気にしながらその場にしゃがみ込むと、
思い切ったように腕を伸ばしてその中から一輪手折り、
一瞬、祈るように目を閉じてから、真剣な面持ちで花びらをちぎりはじめました。
一枚ちぎって「スキ」と言い、
一枚ちぎって「キライ」と言い、
「スキ、キライ、スキ、キライ、スキ、キライ……」
次第に残り少なくなってゆく野菊の花びら。
そして最後の一枚は……。
「スキ!」
娘は目を輝かせて、
「決めた。 明日、あの人にプレゼントを渡そう!」
そう言ってしまってから、ハッと、地面にちらばった野菊の花びらを見つめました。
「かわいそうなことしちゃった……」
娘は、脇に置いていた通学カバンを開けると、中から文庫本を取り出しました。
「明日の御守りにさせてもらうね」
拾い集めた花びらをていねいに本に挟み込んで、娘は、
それまでとは別人のような弾む足取りで、家への道を上がって行きました。
*
「――それで、花びらの数を全部奇数にしてくれって言ったんだね」
娘の去った後の草むらから、ひそやかな話し声が聞こえてきました。
「うん……。
あの娘にはさ、思いを寄せてる男の子がいて、その子の誕生日が明日なんだ。
だから思い切ってプレゼントを渡して、思いを告げようとしてたんだけど、
なかなか勇気が出ないみたいで。
僕は、なんとか彼女の恋を応援してあげたくて、ここで花占いをしたくなるように仕向けたのさ」
「だけど、占いの結果だけで決心がつくかどうかはわからなかっただろう?」
「いや。あの娘の心はもうほとんど決まっていたからね。
『あと一押し』があれば大丈夫だったんだよ。」
「そんなもんかなぁ」
「そんなもんだよ。行動を起こすきっかけっていうのはさ。
それに、思いを告げられないってことは、ふられるよりも切ないからね――。
あの娘は、初めて本の世界以外の男の子を好きになったんだもの。
なんとかして成就させてやりたいじゃないか」
「へぇ、そうなのかぁ。
君はあの娘のことをずいぶんとよく知っているんだね。
もしかしたら、君、あの娘のことを……」
「おっと、僕はもう行くね。協力してくれてありがとう。恩に着るよ」
草むらの中からさっと金色の影が飛び立ちました。
その瞬間、あたりには、野菊のものではない甘い香りが漂ったようでした。
*
「お母さん、ただいま」
家に帰り着いた娘は、二階の自分の部屋にかけ上がると、窓をいっぱいに開け放ちました。
目の前に繁る金木犀の花は満開で、その甘い香りが部屋中に満ちあふれました。
娘は、明日誕生日を迎える男の子の家の方角を向いて、小さな声で呟きました。
「スキ……デス」
自分の口から飛び出した大胆な言葉に照れてしまったせいなのか、
それとも、西日を浴びて輝く金色の花の照り返しのせいなのか。
紅潮した娘の顔は、それまでになく美しく、とても大人びて見えました。