初 恋

 

早い秋の陽が傾きはじめた午後の4時。

にぎやかな集団下校の小学生達に距離を置いて、

セーラー服姿の娘が、うつむきがちに、黙々と坂道を上がってきていました。

 

ふと、道ばたに咲く一叢の野菊に目を留めた娘は、

スカートの裾を気にしながらその場にしゃがみ込むと、

思い切ったように腕を伸ばしてその中から一輪手折り、

一瞬、祈るように目を閉じてから、真剣な面持ちで花びらをちぎりはじめました。



一枚ちぎって「スキ」と言い、

一枚ちぎって「キライ」と言い、

「スキ、キライ、スキ、キライ、スキ、キライ……」

次第に残り少なくなってゆく野菊の花びら。

 

そして最後の一枚は……。



「スキ!」



娘は目を輝かせて、

「決めた。 明日、あの人にプレゼントを渡そう!」

そう言ってしまってから、ハッと、地面にちらばった野菊の花びらを見つめました。

「かわいそうなことしちゃった……」

娘は、脇に置いていた通学カバンを開けると、中から文庫本を取り出しました。

「明日の御守りにさせてもらうね」

拾い集めた花びらをていねいに本に挟み込んで、娘は、

それまでとは別人のような弾む足取りで、家への道を上がって行きました。




 
「――それで、花びらの数を全部奇数にしてくれって言ったんだね」

娘の去った後の草むらから、ひそやかな話し声が聞こえてきました。

「うん……。

あの娘にはさ、思いを寄せてる男の子がいて、その子の誕生日が明日なんだ。

だから思い切ってプレゼントを渡して、思いを告げようとしてたんだけど、

なかなか勇気が出ないみたいで。

僕は、なんとか彼女の恋を応援してあげたくて、ここで花占いをしたくなるように仕向けたのさ」

「だけど、占いの結果だけで決心がつくかどうかはわからなかっただろう?」

「いや。あの娘の心はもうほとんど決まっていたからね。

『あと一押し』があれば大丈夫だったんだよ。」

「そんなもんかなぁ」

「そんなもんだよ。行動を起こすきっかけっていうのはさ。

それに、思いを告げられないってことは、ふられるよりも切ないからね――。

あの娘は、初めて本の世界以外の男の子を好きになったんだもの。

なんとかして成就させてやりたいじゃないか」

「へぇ、そうなのかぁ。

君はあの娘のことをずいぶんとよく知っているんだね。

もしかしたら、君、あの娘のことを……」

「おっと、僕はもう行くね。協力してくれてありがとう。恩に着るよ」

草むらの中からさっと金色の影が飛び立ちました。

その瞬間、あたりには、野菊のものではない甘い香りが漂ったようでした。





「お母さん、ただいま」

家に帰り着いた娘は、二階の自分の部屋にかけ上がると、窓をいっぱいに開け放ちました。

目の前に繁る金木犀の花は満開で、その甘い香りが部屋中に満ちあふれました。

娘は、明日誕生日を迎える男の子の家の方角を向いて、小さな声で呟きました。

「スキ……デス」

自分の口から飛び出した大胆な言葉に照れてしまったせいなのか、

それとも、西日を浴びて輝く金色の花の照り返しのせいなのか。

紅潮した娘の顔は、それまでになく美しく、とても大人びて見えました。

 

(おわり)