「にいちゃん、今日はどこまで行くの?」
「うん、むこうの光っている海まで行こうと思う。お前も来るか?」
「うん、行く!」
小さなカイツブリのきょうだいは、寄せ来る波をものともせず、
ときどき頭からざぶりと海水を浴びながら、
小さな入り江と小島の間の海の道を、果敢に進んでいきました――
「わ、見て見て! カイツブリ!!」
「ほんとだ! 可愛い〜♪」
久しぶりにふるさとで落ち合い、海辺のカフェでのんびりケーキをほおばっていた桃と玲は、
窓の外を見て嬌声を上げた。
「さっきまでいなかったよね?」
「うん、いなかった。ぼーっと海を見てたら、突然、って感じで現れたの。びっくりした〜」
「二羽、仲いいね。ずっと同じ距離を保って泳いでる」
「ねぇ、あれ、潮の流れに逆らってるよね。なんども波被ってるし」
「わ、また、波に呑まれちゃった! もう、浮かんでこないんじゃないかって心配になっちゃう!」
「あの子達、どこまで行くんだろう。午後のお散歩かなぁ」
「エサを獲ってるようでもないよね。これからエサ場に向かうの?」
「昼食後の運動とか?」
桃と玲は勝手な憶測を述べあいながら、二羽のカイツブリを目で追った。
いくら日が射しているとはいえ、冬の日本海の水が温かいわけがない。
しかも、潮の流れは意外に速く、小さなカイツブリを押し戻そうとするように、
何度も何度も大きな波を送り出してくる。
「あんなに大きな波を被って、よく沈まないね」
「あ、船が通るよ。また波が立っちゃう!」
小型の漁船が、窓わくの中の海を左から右に横切っていく。
右から左へと進むカイツブリは、しかし、そんな波さえ乗り越えて、
少しずつ、少しずつ前へ進み、
いつのまにかふたりの正面を通り過ぎて視界の彼方へ遠ざかっていった。
「すごいね〜。あんなちっちゃいくせに」
「何かわからないけど、きっと目的があったのね」
「波なんか、ぜんぜん気にしてないみたいだった。
もしかしたら、大波が来る前に海に潜っちゃってたのかもしれない」
「小さな波には上手に乗っかってたよね」
姿が見えなくなってからも、ふたりはカイツブリの健気な泳ぎっぷりが忘れられず、
そんな会話を続けていた。
そして帰り際。
「全然進んでないようにみえても、実は着実に目的地に近づいてるってこと、あるのかもね。
私、なんだかあの子達から勇気をもらったような気がする」
さわやかな笑顔で玲が言った。
「私も」
そう言うように、桃がニッコリとうなずいた。