♪チューリップ・マジック♪
講義の合間の空き時間を利用して、私はぶらぶらとキャンパスを散歩していた。
芝生の縁に沿って作られた花壇では、ぽかぽかと降り注ぐ春の日差しを浴びながら、
赤、白、黄色、紫、ピンクと、色とりどりのチューリップが、
緑色の大きな葉の間から首を一杯に伸ばし、ゆらゆらとやさしげに揺れていた。
そんな風景をのんびりと眺めながら歩いていた私は、ふと見慣れない色を見つけて、
なんだろう、と不思議に思い、チューリップの根元に屈み込んだ。
そしてそこで見つけたのは、なんと水色のドレスを着た小さな小さな女の子!?
アハハ、まただわ。いつの間にか私には妙な力が宿ってしまったみたい。
受験を控えたある晩に、私は夢とも幻ともわからぬ不思議なものを見てしまった経験がある。
そう、前に桜の精も見えたことがあるんだから、
この子がチューリップの精だとしてもおかしくないわね。
私は思わず声に出して笑ってしまい、慌てて辺りを見回した。
よかった。まわりには誰もいないわ。少なくとも声の聞こえる範囲には。
それからそぉっと小さな声で、私はその妖精に話しかけてみた。
ねぇ、あなたはもしかして、チューリップの精?
ところがその妖精は半べそをかきながら、私に訴えた。
「いやなの。いやなの。ぜったいイヤなの。
だって、もぐらさんなんかのお嫁さんになったら、
ずぅっと暗い穴のなかで暮らさなくっちゃいけないのよ。
ぼろぼろになっていた私を助けてくれた野ねずみのおばさんには感謝しているけれど、
でもでも、だからといって気の進まない話に、ハイ、なんて言えない。
だから私はドレスを試着するふりをして、こっそり逃げ出してきたの」
ははん、さてはあなたは、おやゆび姫。
それじゃあ、今あなたが着ているのはウェディングドレス?
「そうよ。だけどあんまり泣いたので、真っ白だったドレスが涙色に変わってしまったわ」
涙色・・・?
それは違うわ、おやゆび姫さん。
私の知っているお話によると、もうすぐ一羽のツバメがあなたを迎えにやってくる。
そうして、あなたのような妖精がたくさん住んでいる花の国へ連れて行ってくれて、
あなたはその国の女王様になるのよ。
つまりそのドレスの色は花の国、あなたが幸せになる国の空の色。
だから、涙色になったなんて言って、いつまでも泣いていてはダメ。
さぁ、顔を上げて、胸を張って。ツバメさんにあなたを見つけてもらわなくっちゃ。
待っているだけでは、幸せはやってこないわ。(と、たぶん私の母なら言うはず)
「幸せの国の空の色・・・」
泣いていたおやゆび姫は、涙に濡れてしまったドレスをじっと見つめていたが、
次第にほほに赤みが差し、そして夢見るような顔つきになった。
「私は花の国に行きたい。
女王様になることに興味はないけれど、仲間達に会いたい。友達が欲しいの。
おはよう、元気だね、とか、お日様がまぶしいね、とか、風がくすぐったいね、とか、
なんでもないおしゃべりをしてニコニコできる友達が欲しいの。
だから私は顔を上げる。しっかりここに立って、ツバメさんを探すわ」
そうだね。うん、そうだね。
そうやって前向きな気持ちになっていたら、きっと幸せは向こうからやってくる。
(と、これも母が言いそうなせりふだなぁ)
涙を拭いて立ち上がったおやゆび姫につられて、私は、
幸せの国に続いているような、淡く、青い、春の空を振り仰いだ。
その時、目の前を黒い影がスィっと横切った。
あ、ほら、ツバメ!
そう言って再び視線を戻したときには、すでにおやゆび姫の姿は見あたらず、
咲きそろったチューリップが春風に揺れているだけ。
なぁんだ、もう行ってしまったんだ・・・。
それじゃあ私も、私の幸せをつかむために前に進もうかな。
向こうでゼミの友達が腕時計を指さしながら何か叫んでいる。
ポケットから携帯電話を取り出して時間を確かめると、思いの外、時が経っていた。
いけない! 講義に遅れる! 急がなくっちゃ!
私は友達の待つ日常に向かってかけだした。
(おわり)
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