花の首飾り
丘の上は風が強かった。
少女はぐっと顔を空に向け、目と閉じると
すぅーっと息を吸い込んで両手を一杯に広げた。
風が少女のまわりをぐるぐると回り始める。
まもなく少女の白く細い腕は翼に変わり、一羽の大きな鳥の姿となって
大空へと飛び立つはずだった。
けれども次の瞬間、少女は目を開き、両手をだらりと下げた。
「だめ。まだ飛び立てない。
だって、私はまだ証(あかし)を見つけていないもの」
* * *
この少女の真の姿は、仲間とはぐれてしまった、一羽の白鳥。
疲れた羽を休めようとこの丘の麓にある湖に舞い降りたのだが、
そこにやって来た一人の若者に心を奪われ、
彼の愛を得ようと、人間に姿を変えて彼に近づいたのだった。
美しい少女を一目見た若者は、たちまち恋に落ちた。
二人はクローバーの丘で寄り添い、語り合った。
少女は、白い花を摘んでは絡め、首飾りを編んだ。
愛する人の首に自らの手でそれを掛ければ、二人の心は永遠に結ばれる。
編みあがった白い花の首飾りを少女は嬉しそうに目の前にかざして、
若者の首に掛けようと、彼の顔をのぞきこんだ。
しかし、まさにその時。
少女は気付いてしまった。
彼の瞳の奥で悲しそうにうなだれる、一人の娘の姿に。
「ああ、愛する人には既に愛する人がいた。なんてことだろう。
愛する人の愛するその人を、私は悲しませることなんてできない」
少女は想いを振り切り、元の姿に戻ろうとした。
けれど、白鳥が人間に化身できるのはたった一度だけ。
今、化身を解いて白鳥に戻ってしまったら、
もう二度と人間として彼に会うことはできない。
それに。
人間であったという証(あかし)を、少女はまだ手にしていない。
* * *
少女は若者に歩み寄り、悲しげに微笑むと素早く口づけをした。
「これを、あなたの手で、あなたの愛しい方の首に掛けてさしあげて」
そして花の首飾りを彼に手渡すと、うしろも見ずに丘を駆けあがった。
「これでいい。私は私の愛をつらぬくことができた。
愛する人の幸せを願う――これこそが人間でいたことの証(あかし)。
私の胸で一生きらめく思い出。」
少女は丘の上で再び風に包まれ、神々しいほどに白い鳥に姿を変えると
そのまま大空の彼方へと飛び去っていった。
(おわり)
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