月ウサ
ギ の チーズケーキ
峠の大きな木の下で、ひとりの旅人が、腰を下ろして休んでいた。
短い秋の日は、もうすっかり暮れてしまっている。
「今夜はここで野宿だなぁ。腹が減ったが仕方がない。明日、次の町に着いたら
何かにありつけるだろう」
旅人は、夜露から身を守るように、カーキ色のマントですっぽりとからだを包み込み、
帽子を深くかぶって、眠りにつこうとした。
その時。
目の前に広がるコスモス畑の中に、天から一条の光が差し込んだ。
辺りはすぐに元通りの薄闇になったが、しかし、何かがごそごそと動き回る音がする。
「何だ!?」 旅人は身構えながら様子をうかがった。
――生い茂るコスモスの間に見えたのは、どうやらウサギのようだった。
ほっとする間もなく、今度はその場所に、銀色の光が雨のように降り注いだ。
光の粒は集まって一つの形をなし、旅人の目の前で、
白いエプロンをした、可愛らしいメイド姿の少女となった。
少女は素早くその場にかがみこむと、さっと右手を持ち上げた。
その手につかんでいたのは・・・ウサギの白い二本の耳だった。
「こら、だめじゃない。モデルのあなたが途中で逃げ出しちゃったら、
今夜のケーキが仕上がらないでしょう」
そう言うと、少女は、輝く両腕でしっかりとウサギを抱きかかえた。
そして再び銀色の粒になり、天からの光に混じり・・・消えてしまった。
あっけにとられて見ていた旅人は、立ち上がって、少女とウサギの居たところへ
行ってみた。
うす紫のコスモスの根方に何か落ちている。
一塊のチーズだ。
「おお、さっきの少女が落として行ったんだな。助かった。これを今夜の食事にしよう」
思いがけない拾い物に喜んだ旅人は、さっそくそのチーズを美味しそうに食べると、
満足して眠りについた。
それからしばらくして、コスモス畑の向こうにある山の上から、
大きな丸い、チーズケーキの月が昇ってきた。
ケーキの表面には、さっきのウサギとそっくりの姿が、生チョコを使って、
上手に描かれていたのだが、朝までぐっすりと眠りこんでいた旅人は、
それを見ることも、食べることもできなかった・・・。
残念!!
(おわり)
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