Words   - どこかで聞いた言葉達 -  (1) (2) (3)  (4) (5) (6) (7) (8) (9)
思い出すまま、思いつくままに・・・(3)

 熱があることにしよう

身体の調子が優れなくて、心まで重たく感じたときに、本屋さんで『心がだんだん晴れてくる本』というのを見つけ、

パッと開いた一番最初の項目が、何もしたくない 熱があることにしよう でした。

著者はイラストレーターでもある中山庸子氏。 これぞ何かの巡り合わせ、とすぐに買い求めました。

何もしたくないのは心が過労状態、心の風邪、そんな時には無理をしないで休んでしまおう、

パジャマのままでゴロゴロしたっていいよ。 で、早速実行してみて即元気に!はなりませんでしたが、

でも心の方は随分楽になりました。 ズル休みもたまにはいいですよ?

 退屈な女よりもっと哀れなのはかなしい女です。・・・そしてもっと哀れなのは忘れられた女です。

もともとは、フランスの女流画家、マリー・ローランサンが残した言葉ですが、これを引用していたのは

やはり上で紹介した本でした。 誰だって、忘れられたくない、誰かに期待されていたいし、必要とされていたい。

でも、もしかして、そいういう気持ちがあったからこそ、彼女の絵も彼女自身も愛されたのかもしれない、と

中山氏は続けます。 今まで自分が自信を持っていたこと、自分の居場所だと信じていたところ、

それらが突然、全然スゴくなんかないし、その場所での自分の存在意義を見いだせなくなって・・・

でも、そういう圧倒的な暗さやさみしさを通ることこそが新しい作品や関係が生まれる前提と言う中山氏。

さて、私のこの感情は現在進行形なので、結果が出るのは多分しばらく先になることでしょう。 

 自分が行きたいのなら行きなさい。 誰かのために、というのだったら止めなさい。

あるパーティに出席してほしいと頼まれて迷っていたとき、私の尊敬する茶の湯の師匠がこうおっしゃいました。

そう、それが仕事ならいざ知らず、趣味の範囲のパーティへは純粋に自分が楽しむために行けばいい、

気が進まないのなら義務を背負って行くことはない、そんなことで悩むことはないんだと、

ついつい 良いこと、人のためになることをしましょう、なんていう、道徳の時間に教わったようなことに

縛られがちな私は、とても救われた気持ちになったのでした。 

以来、何か迷うことがあると、これは自分が本当にやりたいことなのか、それとも、誰かの為だからと

一方的に思い込んでやっているだけなのか、よ〜く考えてみようと思いました、なるべく;

そうすれば、せっかくやってあげたのに、と、落ち込んだり、相手を責めることもなくなるし。。

自分が楽しければやればいいんだよ、そう言ってた人もいたなぁ・・・

うん、それが一番! 辛い思いをするくらいなら逃げろ〜 逃げるが勝ち!(^^)