シンベリン Cymbeline |
《あらすじ》
ブリテン王シンベリンの娘イノジェンは、幼馴染みのポステュマスとひそかに結婚した。王は後妻の王妃の連れ子クロートンと結婚させ王位を継がせようとしていたため激怒し、ポステュマスをローマへ追放する。
ポステュマスはローマでイノジェンの素晴らしさを自慢するが、それを聞いたローマ人ヤーキモーと妻の貞節を賭けることになってしまう。ヤーキモーはブリテンまで旅し、イノジェンを誘惑するが、イノジェンにはねつけられる。しかし、ヤーキモーは彼女の寝室に忍び込み、部屋の造りの詳細とイノジェンの胸のほくろを見、ローマにもどるとポステュマスに誘惑が成功したと嘘をつく。
イノジェンの不義を信じ込んだポステュマスは、怒りのあまりブリテンにいる自分の召使いに彼女を殺すように命じる。それを知ったイノジェンは、男装してローマへ向かう。道中、迷い込んだ洞窟で二人の若者に出会う。彼らは彼女の実の兄弟であったが互いにわからない。薬を飲んで仮死状態になった彼女を彼らは死んだと思い込む。目が覚めると、そこには王妃の連れ子クロートンの首なし死体があり、彼女はそれを夫ポステュマスだと思い込んでしまう。
妻イノジェンのへの行いを後悔したポテュマスは自ら死を望み、ローマ対ブリテンの戦いに参加する。やがてブリテン軍に捕まり、夢の中でお告げを聞く。
そんな時、シンベリンに王妃の死が伝えられる。彼女は王を愛してはいず、自分の息子を王位に就かせたら王も姫も殺すつもりだったと自白して死んだことが知らされた。
シンベリンのもとに一同が会し、ヤーキモーも悪事を白状したのでポステュマスとイノジェンの誤解も解け、やっと二人の結婚が王から祝福され、このロマンス劇は幕となる。
《ポイント》
1 晩年に近い時期に書かれたが正確な創作年代は不明らしい。当初は「悲劇」とされていたが、最後は大団円の「悲喜劇」で、その作劇法からも「ロマンス劇」としてくくられている。物語の背景は、ローマ皇帝アウグストゥス治世下のブリテンのお話しで史劇の香りもする。
2 翻訳の松岡和子氏は、「1609年頃のロンドンでは、悲喜劇(トラジコメディ)が流行していて、当時一世を風靡していた若手に負けまいとシェイクスピアが書いた」のではないかと言っています。 3 現代では、この「シンベリン」は「理詰めで考えると破綻だらけの作品」、「ごった煮の失敗作」とも言われ、上演の機会はそう多くない。プロットも入り組んでいたり、ジュピターが鷲にまたがって降臨したりする突飛なシーン(禁じ手)もある。しかし、とらわれない視点で観れば、劇的な道具立てが次から次へと繰り出し、最後の大団円に向かう謎解きも親切すぎるほど饒舌なので、充分に楽しめるお芝居です。ヴィクトリア朝の時代には、道徳的で抒情的な作品として高い人気を得ていたとも言われます。
《名せりふ》
第W幕第2場〜葬送歌 もう怖くない 夏の暑さも
荒れ狂う 冬の嵐も
この世での 務めは終わり
給金をもらい 家路をたどる
金色の少年少女も 煤まみれの
煙突掃除夫も みな塵にかえるFear no more the heat o' th' sun,
Nor the furious winter's rages,
Thou thy worldly task hast done,
Home art gone, and ta'en thy wages,
Golden lads and girls all must,
As chimny-sweepers, come to dust(松岡和子訳) ※シェイクスピアの名詩のひとつと言われています。
V.ウルフの「ダロウェイ夫人」やT.S.エリオットの作品にも霊感を与えています。
ちなみに、坪内逍遥はこんなふうに訳しています。
「恐るるな夏の暑さも今ははや / はげしき冬のあらしをも / この世の勤めなしはてて / その代も得ていく旅路 / ああ、富みたるも貧しきも身まかれば / おなじ塵、あくた」
《観た読んだ歴》
play
2012年4月8日
彩の国シェイクスピア・シリーズ第25弾
さいたま術劇場
蜷川幸雄演出
CAST
阿部寛 ポステュマス
大竹しのぶ イノジェン
吉田鋼太郎 シンベリン
鳳 蘭 シンベリンの後妻(王妃)
★蜷川シェイクスピア第25弾を観ました。
観客をいつも驚かせる舞台装置、今回は役者たちが楽屋で開演に備えるところから始まりました。ブリテンの山や森は峨峨たる山容の水墨画、ローマ人たちの女談義の背景はなんと源氏物語の「雨夜の品定め」の絵巻。そしてジュピターが鷲にまたがって降臨するシーンはスーパー歌舞伎のよう。ラストは、昨年の大震災で奇跡的に倒木を免れたあの一本松を思わせる装置で感動的でもありました。
★この舞台は、5月にロンドン公演されるようです。シェイクスピアの芝居の上で東西文化が交叉する展開と大震災後の復活へのイメージは、英国でもきっと大きな反響を呼ぶことでしょう。
★いつもながらの吉田鋼太郎の安定感、大竹しのぶの表現力の多様さと巧さ、そして今回は阿部寛の活躍もあって充実した配役陣でした。
《観た読んだ歴》
film
《観た読んだ歴》
book
2012年4月
松岡和子訳
ちくま文庫 シェイクスピア全集22★蜷川シェイクスピア第25弾で使われた台本です。
松岡和子さんは、「なんと不確定要素の多い戯曲だろう」と言っています。語句の解釈にいくつもの選択肢があって翻訳が大変だったようです。