ヘンリー六世 King Henry VI

《あらすじ》

 英仏百年戦争の最中、フランスではジャンヌ・ダルクがフランス軍を率いイングランド軍と攻防している。イングランドでは、若くして王位を継承したヘンリー六世のもとランカスター家(赤薔薇)とヨーク家(白薔薇)それぞれを支持する貴族たちが対立し、一触即発の状況が続いていた。
 やがて英仏間に和平が締結され邪魔者となったジャンヌは処刑される。イングランドのランカスター家の内部では、サフォーク公が自身の愛人マーガレットとヘンリーを結婚させ間接的にイングランドを支配しようとする。そしてライバルのグロスター公を追い詰め暗殺するが、その後ヘンリーがサフォークを追放し、王妃は悲嘆に暮れる。
 一方、密かに王位奪還の準備を進めていたヨーク家が出兵し、薔薇戦争が勃発する。戦いはヨーク家が優勢となり、ヘンリーはヨークに王位の譲渡を約束するが、マーガレットは息子を廃嫡するのかと激怒する。憤った王妃は自ら挙兵しヨークを刺殺する。しかし、両家激戦の末ヨーク軍が勝利し、ヨーク家の長男がエドワード四世として即位する。
 マーガレットがフランス王に助けを求めていたところへ、ヨーク家のウォリック伯がフランス王家との政略結婚を持ち込んできた。その時エドワードが勝手に未亡人のグレイ夫人と結婚したことが明らかとなり、激昂したウォリックはランカスター家に寝返る。しかし、エドワード軍の追撃により、ウォリックは落命し、やがてマーガレットらも捕らえられ、息子の皇太子は殺害される。
 最後に、ロンドン塔に幽閉されているヘンリーの息の根を止めたのは、エドワードの弟リチャードだった。


《ポイント》

 若きシェイクスピア青年が最初に劇作に手を染めたのが、この「ヘンリー六世」三部作だ。弱冠26歳の役者が、いきなりこんな歴史大河ドラマを独りで書き切るのは、かなり疑問で、少なくとも最初のうちは先輩劇作家と一緒に書き始められたと言われています。
 しかし、シェイクスピアがこの作品を手掛けたことにより、劇作家としての道を大きく踏み出したのは間違いのないことであり、翻訳の松岡和子さんは「先々のシェイクスピア作品に育っていく要素が、言わば胚種の形で入っている。」と言っています。
 「ヘンリー六世」の歴史的背景となっているのが、中世末期に勃発した百年戦争(1337〜1453)と薔薇戦争(1455〜1485)という大きな争い。トータルすると150年にわたって争いが続いていた時代のお話しでエピソードも多い。フランスの国民的英雄ジャンヌ・ダルクはイギリスから見れば簡単に処刑される異端者として描かれているのも面白い。
 後日譚。最終場面で、王エドワードの願いでリチャードが王子に祝福のキスをしながらの傍白「ところが実は、イエスに口づけし、万歳!と叫んでおいて、腹に一物だったユダと同じなのさ」という予言どおり、やがてリチャードは兄王の遺児である幼い王子たちをロンドン塔に幽閉(暗殺?)し、悪名高いリチャード三世として即位することになります。
 従って、この「ヘンリー六世」三部作は「リチャード三世」と合わせての四部作の一部でもあります。

《名せりふ》

第三部第T幕第4場〜ヨークが王妃に
ああ、女の皮をかぶった虎の心、
幼い子供の生き血にひたしたハンカチで
父親に涙をぬぐえと命じながら、よくも女の面をぶらさげていられるな。
O tiger's heart wrapp'd in a woman's hide!
How couldst thou drain the life-blood of the child,
To bid the father wipe his eyes withhal,
And yet be seen to bear a woman's face?
第三部第X幕第7場
            〜リチャードがエドワード王の王子にキスしながら
私はヨーク家を愛しています。
君はその木になった果物だ、
このとおりその果実に愛を込めて口づけします。
(傍白)
ところが実は、イエスに口づけし、
万歳!と叫んでおいて、腹に一物だったユダと同じなのさ。
I love the tree from whence thou sprang'st,
Witness the loving kiss I give the fruit.
(Aside.)
To say the truth, so Judas kiss'd his master
And cried 'all hail !' when as he meant all harm.
(松岡和子訳)

観た読んだ歴
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2010年3月21日
彩の国シェイクスピア・シリーズ第22弾
さいたま術劇場
蜷川幸雄演出
CAST
上川隆也 ヘンリー六世
大竹しのぶ ジャンヌ・ダルク/マーガレット
★蜷川シェイクスピア第22弾を観ました。今回は長大な三部作を河合祥一朗氏が前・後編の二部仕立てに構成し、簡潔に締っている作品となりました。
★白一色の対面舞台で物語は展開されます。多くの複雑な登場人物の相関を、衣装や赤バラと白バラの花びらの落下でわかり易くしてあり、長さを少しも感じさせません。最前列の席で観ましたが、最初の血溜まりを拭く女たち、戦いを暗示する肉片の落下など蜷川さんの演出も相変わらず冴えていました。
★上川隆也さんは、ヘンリー六世の「一国の王としては政治力・統率力に欠けるが、情の細やかな思索する人である」人物像をよく演じいていた。出色はジャンヌ・ダルクと王妃マーガレットを演じる大竹しのぶさんの状況ごとに変化する演技。見応え十分でした。また、草刈民代さんのグレイ夫人も凛として美しかった。ケイドが率いる民衆の反乱とその右往左往する様子は現代のパロディのようでもありました。

観た読んだ歴
film


観た読んだ歴
book

2010年2月
松岡和子訳
ちくま文庫 シェイクスピア全集19
★ヘンリー六世全三部
★松岡さんは、ヨーク・ランカスター両家の系図や地図そして多くの参考書と格闘しながら、この大長編の訳を仕上げたようです。