○きっかけは『マーケットの魔術師』というアメリカの本
本書は、日本のスーパートレーダーともいうべき人たちの成功哲学を紹介するものである。しかも全く表舞台に出ていないトレーダー、あるいはほとんど知られていないトレーダーばかりで構成されており、その考え方にふれることができる本書には十分な価値があると確信する。
日本の社会では、個人プレーが否定される傾向がある。また突出した成功がヒーロー視されず、ねたみやそねみの感情から“悪”とされるくらいの空気がある。だから相場の世界の成功者など、とても受け入れられないという風潮がある。たとえ受け入れたとしても、とてつもなく特殊な世界の人物を遠くから観察するような視点しかないようだ。
結果として、どうなっているのか──。難解な問題に挑戦する受験勉強のごとく、「正解は何か」という相場の世界ではまっ先に否定されるべき観点に多くの人が染まり、予測が当たったか外れたかという意味のない結果論に終始している非現実的な世界が、個人投資家に与えられた唯一の情報源となっているのだ。
この本で紹介するトレーダーは、そんな非現実的な世界とは無縁の、成功している本物の実践者たちである。
相場の世界の実践者にインタビューするというアイデアは、パンローリング社が翻訳版を発行している『マーケットの魔術師』というシリーズ本が元になっている。著者であるジャック・D・シュワッガー氏が多くのトレーダーから話を聞き、トレード手法やこだわりを紹介するという内容である。シリーズの中の『新マーケットの魔術師』が1999年に清水昭男氏の翻訳で発行された時に私は、相場用語のチェックを中心に翻訳を手伝った。その時、日米の相場文化に大きな違いがあることを痛感すると同時に、日本人を相手に同じようなインタビューができないかと考えた。そして周囲には、同じ意見の持ち主が何人もいた。
ところが当時は、「相場でメシを食っている」などと言うと“うさんくさい”としか思われないような状況で、もちろんトレーダーという言葉も広まってはいなかった。個人的に売買して利益を上げている人が表に出ることはほとんどなかったし、業界の仲間に声をかけても簡単に紹介してもらえる可能性は皆無としか感じられなかった。結局、「日本版マーケットの魔術師」という構想は手つかずのままでいた。
しかしその後、ちょっとしたきっかけから、私が運営している林投資研究所で発行している『研究部会報』という定期刊行物に、個人投資家のお手本として紹介したいと思う人物のインタビューを執筆したところ、予想以上の好評を得た。また時代も変化し、マーケットの成功者はヒーローでありあこがれであるといった認識が、日本の社会にも生まれてきた。こうして、「日本版マーケットの魔術師」の企画があらためて動き出したのである。
○優れたトレーダーとのインタビューは楽しい
そして現在も『研究部会報』にインタビューの連載を続けているが、インタビューを通じていろいろな人のいろいろな考え方にふれることが純粋に楽しく、本にすることなどすっかり忘れていた。振り返れば、そんな感覚でいたことが功を奏したのではないかと思うのだが、相場に対するアプローチが全く異なっているだけでなく、「林さんの考え方は違うのでは?」というように自分の意見を遠慮なく語ってくれるような人も含めて多くのトレーダーに出会い、インタビューに応じてもらった。
最初にインタビューを行ったのは、2007年11月だった。本書に掲載の杉山晴彦氏である。それ以降も、私の周囲で「この人ならば」と感じるトレーダーにインタビューをお願いしたり、業界内部の知人が推薦してくれる人物を紹介してもらってインタビューを続けてきた。本書を上梓する段階での最後のインタビューイーは、秋山昇氏である。本書への掲載順序はインタビューの順序とは異なるが、それぞれに時期を特定する表現を加えてあるので、混乱することはないはずである。
この企画が始まるまでの私は、インタビューを原稿にするといった作業をしたことがなかった。そんな私が直感的に思ったのは、「とにかく本音を話してもらわないと、価値のある読み物になり得ない」ということだけだった。私はシナリオを固定するようなことを嫌い、あえて事前に質問集を用意したりしなかった。インタビューイーが軽くお酒を飲みながら、自由に楽しく語ってもらえる場をつくりたいと考えたのである。
狙った通りの効果があったようで、録音した会話をあとで聴くと、インタビューイーが熱くなって夢中で話してくれていることを実感した。私自身も話し好きなので、お互いに相手を抑え込みながら語ろうとしている部分も少なくない。そんなことを発見しながら自分の姿勢を反省しつつも、とにかくテープを聴きながら原稿を仕上げるという少々ややこしい作業が、楽しくて仕方がなかった。またインタビューを受けてくれたトレーダーからも、「あれ、私、こんなことしゃべっていたんですね」とか「あんなに断片的に話しただけなのに、言いたいことがきちんとまとまっている」といったうれしい評価をもらうことが多い。単行本としてまとめるために原稿を整理しながら一人一人の感想を思い出し、とても楽しく原稿を読み返している。読者も、インタビューの光景を想像しながら、楽しく読んでほしいと願っている。
この本をまとめる時点で、インタビューを受けてくれたのは合計9人だ。インタビューしてから時間が経過しているトレーダーもいることから追加インタビューを申し込んだ。名前を売ろうとしている人たちではないので全員はムリだったが、彼らのうち約半数の人に追加インタビューを行い、その内容も巻末に掲載してある。併せて読者の役に立てば、何よりである。
最後に、特別な利益にはならないのにインタビューを受けてくれたトレーダーのみなさんに、あらためて感謝の意を記したい。
また、この本の出版を後押ししてくれたマイルストーンズ代表の細田聖一氏をはじめ、『研究部会報』の編集・校正を通じて数々のアドバイスをくれた林投資研究所スタッフ、そして本物の実践者たちを紹介してくれた業界関係者のみなさんに、心からお礼を申し上げたい。
2011年5月
林 知之