JAN SPEED
&
Richard Longman







JAN SPEED
Jan Odor
driver Geoff Mabbs
      John Fenning
     Morris Torley
AUSTIN MINI COOPER 1275(1293) S

Richard Longman & Co
Richard Longman
driver Richard Longman
             Jonathan Buncombe
Alan Curnow
sponsor Patrick Motors Group
MINI 1275GT
1978・1979年に英国ツーリングカー選手権チャンピオン

ジャン・オーダー
リチャード・ロングマン
共に、以前Downton Engineeringで働いていました。

JAN SPEED
ハンガリー生まれのジャン・オーダーはハンガリー暴動により1957年1月26日に英国にやってきた。
彼はバース郊外の難民キャンプに収容され、その後英国国籍を得た。
ある時、サリスベリー近くにある一家が難民の受け入れを申し出ていることを知る。
その条件は車関係の技術に興味がある人との内容で、工作機メーカーのエンジニア教育を受けていた彼は、
ダニエル・リッチモンドと夫人のバンティ・リッチモンドに会いダウントン・エンジニアリングでの生活をスタートさせる。
彼の作業はとても素晴らしくダニエル自身も驚くほどでした。
最初は、モーリス・マイナーやオースチンA35・A40をチューンアップしていて成功し新社屋に拡大する。
この時にハンガリー人の友人ジョージ・トス(その後シリンダーヘッドのスペシャリストとなり最終的には
リチャード・ロングマンと組むようになる。)も加わる。
さらにミニ&ミニ・クーパーの登場で大成功を収め、ミニ・クーパーSの開発の1人になる。
1962年ダウントンの従業員は30名になり、とても順調だったが、バンティとの仕事の関係が上手くいかなくなり、
1962年5月にダウントンを去る。
ジャンは友人が働いていたサリスベリーのパーク・ストリート・ガレージの1部を使わせてもらい
ジャノスピード・エンジニアリングを立ち上げ、最終的にはこのガレージを買い取り
ジャンスピード・エンジニアリングと改名し1963年にはレーシング・ミニ・クーパーを製作し、
ジャンスピード・ワークスカーとしてダウントンやクーパーカーなどとバトルを演じる。
1967年サリスベリーのサザンプトン・ロードに新社屋を建て1968年までミニでレース活動をしていた。
現在ジャンは、工場の会長としてミニのチューニングパーツ(ジョン・クーパーキットも使われている。)やNEWミニ、
他の車両のチューニングも手掛けている。