「パソコンの未来」 藤本憲一


 パソコンは、一般のアマチュア向け製品としてうぶ声をあげて以来、20年ほどのあいだに、より高性能、低価格、簡単操作になり、ユーザーにとってずいぶん親しみやすい存在となった。しかし、世に喧伝されるほど「家電」として成熟したかというと、疑問が残る。
 いわゆる一般の「家電」、家庭用電化製品は、大きく3つのジャンルに分かれる。一つ目は、掃除機や洗濯機など、家事労働の負担を軽減し、時間を節約するための「お手伝い家電」。二つ目は、テレビ・ステレオなど、趣味的なAV(オーディオ・ビジュアル)世界に心遊ばせるための「娯楽家電」。三つ目は、蛍光灯やエアコンなど、より快適な居住環境を維持するための「環境家電」。
 それぞれ、一つ目はホウキやタライ、二つ目は将棋や双六、三つ目はロウソクや囲炉裏といった具合に、非・電気的な道具段階の起源をもつ。つまり、生活が電化される以前に、すでに3つのジャンルは確立していた。では、パソコンは、どれに位置づけられるかといえば、きわめてどっちつかずで、家の中に居場所のない、ヌエ的な存在であろう。
 たとえば、パソコンで家計簿をつけ、年賀状を刷れば、家事労働がラクになる? いや、ワープロ専用機や電子手帳のほうが手軽で便利だ。パソコンでゲームをやれば楽しい? これもゲーム専用機のほうが操作がラクチンで、ソフトのバラエティも豊かだ。
 もちろん、現時点で、インターネットやパソコン通信という利用法こそ、(プロバイダーとの契約条件や回線接続状況に多少の難点があるとはいえ)「新・娯楽家電としてのパソコン」の真骨頂であるかに見える。しかし、このジャンルも、あとわずか1、2年で、「モバイルギア」「ピノキオ」「パワーザウルス」など派手な商標名をひっさげて登場した各種モバイル・メディアや、各種インターネットTVなどの系譜に連なる、よりコスト・パフォーマンスの高い後継機群に取って代わられてしまうだろう。
 おそらく、家電としてのパソコンの未来は、強力な記憶機能と、セキュリティ(データ暗号化による守秘)機能を最大限に活用した「新・環境家電」としての道しかあるまい。すなわち、数世代にわたる一族・祖霊の記憶を伝承する「電子仏壇」(墓)。あるいは、一人一人の血族成員の膨大なIDデータ(系図・家族アルバム・儀礼マニュアル・日記・遺書・暗証番号・持ち物リスト・各種機器操作マニュアル)をバックアップ保存する、電子物置・電子金庫・電子手文庫。両方をひっくるめていえば、一族のIDデータを守秘保全する「セイフティ・ボックス」機能に尽きる。はたして、このとき、国家の側が、戸籍や個人データをひきつづき保持しているか、どうか? もとより浦島太郎の玉手箱ならぬパソコンに、そんな遠い未来をたずねたところで、答えは返ってこないけれど・・・。

1997年8月29日  『メディア人間学』  京都新聞朝刊17面

ふじもと・けんいち  

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