「オリジナル腕時計」 藤本憲一


 クリスマスを目前に迎え、日本の冬の風物詩、年賀状づくりは今がたけなわ。パソコン ・ワープロの歳末キャンペーンは、声をそろえて「簡単手軽にハガキ印刷」をうたい文句 にしている。カラフルなイラストに腕をふるい、スキャナで写真を取り込み、多彩なフォ ント文字と合成すると、私だけのオリジナル年賀状が一丁あがり。今年は街頭のゲームセ ンターで「プリント倶楽部」など、女子中高生向け社交用プリントメディアが流行したが 、その元祖は、家庭用手作り年賀状キット「プリントごっこ」だった。
 さらに、今年のクリスマスは、世界中に一個しかないオリジナル腕時計をはめたカップ ルが、街にあふれるはずだ。この手作り腕時計の商品名は、「時計工房 クリエイション 」。キャッチフレーズは「あなたも時計のデザイナーとなってオリジナル時計をつくるこ とができます」。工房のシステムは、まずシチズンまで、画像データとマニュアルの入っ たCD−ROMを請求、郵送で取り寄せるところからスタートする。次に、1)自分のオ リジナルな絵柄を取り込むオーダーメイド・タイプ、2)「テンプレート」と呼ばれるC D−ROM添付の原型を加工するイージーオーダー・タイプ、3)出来合いの色・形・絵 柄の中から、文字盤・バンド・竜頭・ケースのパーツごとにお気に入りのパターンを選択 するコンビネーション・タイプ、三種三様のスタイルで、デザイン作業を楽しみ、文字盤 にメッセージを書き込む。最後に、データをフロッピーに落とし込んで郵送、代金六千円 を振込むと発注完了。十日間の工場生産が完了して、在宅のアマチュア・デザイナーの手 元に届く。あとは自分で身につけるなり、誰かさんにプレゼントするなり、ご自由に・・ ・。残念ながら、秋冬期間限定のテスト販売であったため、申し込みの受付けは、すでに 締切られている。どうやら予想以上の注文殺到の上、一個一個の手作り方式そのものが本 邦初ゆえ、工場生産日程が読めない苦労があったもよう。工程・コスト面を検討した上で 、今後、大々的に売り出すかどうかは未定とのこと。
 3年ほど前に、スイス生まれのカラフルな文字盤をもつアナログ腕時計「スウォッチ」 が大流行して、定価五千五百円の商品に数十万円のプレミアムがつき、なかにはサザビー ズのオークションで三三〇万円の超高値がつくものまでが登場。そのプレミアム人気の秘 密は、今年ブレイクしたナイキのバスケット・シューズ同様、あらかじめ個数限定で追加 生産しない、希少性のメカニズムにあった。とすると、世界でただ一つのオリジナル腕時 計が作れる「時計工房」を「プリント倶楽部」と同じく街頭にでも置けば、究極のプレミ アム・グッズ、出来立てホヤホヤの骨董品【アンティーク】として、人気を呼ぶことはう けあい。はたして丑年のヒット商品となるか。

1996年12月20日  『メディア人間学』  京都新聞朝刊15面

ふじもと・けんいち  

   『メディア人間学』に戻る   表紙に戻る