「インターネット・ライブ」 藤本憲一


 メディアには、大きく分けて「同期型」と「非同期型」の2種類がある。「同期」とは時間的に同時進行する「シンクロ」状態をさし、「非同期」とはズレて時間差進行する「非シンクロ」状態をさす。身近な例でいえば、テレビのスポーツ実況中継は、ナマ収録・ナマ放送・ナマ視聴が三位一体的に同時進行し、映像と音声がリアルタイムで「同期」したケースの典型である。
 今なら当たり前の、収録・放送・視聴の「同期」、映像と音の「同期」は、100年前なら、超難度のシンクロナイズド・スイミングのように、奇跡の秘技だった。「トーキー(しゃべる映画)」というメディア・テクノロジー上の一大変革がそれ。従来の無声映画は、映像だけ収録しておいて、音は上映時のバンド演奏や、弁士の声で補われた。ナマの音声に合わせて目分量でフィルム送りをするため、上映時間もまちまち。ちょうど寺の鐘に合わせたバラバラの生活時間を、一人一つの腕時計が全世界統一したように、「トーキー」の出現によって、はじめて映画の上映時間が全世界的に統一された。
 20世紀も終わりに近づくと、再び生活全般において、「非同期」のリズムを求める声が高まっている。ポケベルやたまごっちは、「ベル友」や「ベビーっち」に呼ばれたときだけ活気づく「非同期の目ざまし時計」だし、インターネットは世界の時差にかかわりなくアクセスできる「非同期性」が存在意義となっている。グリニッジ標準時に統一されたビジネスアワーよ、さようなら。もう、誰も、他人の時間に合わせて、杓子定規に生きたくはない。窮屈な腕時計を脱ぎ捨てて、自分自身のイマを「ハイタイム」として楽しむ時代がやってきたのだ。
 でも、ときには、友だちと待ち合わせて、ライヴコンサートの一体感を楽しみたい。そういう要望に応えたのが、インターネット・ライヴという「同期」「非同期」両モードを組み合わせた、新しいメディア形式。先日、ぼく自身、東京・六本木の表通りに面したインターネット・カフェ「シダックス」での番組「メディアのフォークロア…ポケベル少女伝説」(http://www.shidax.com/async)収録に出演した。一見、これまでのサテライト・スタジオでの実況中継と同じく、収録・放送・視聴が同時進行し、公開スタジオだけでなく、インターネット上でも視聴できる。従来と違うのは、録画しなくても好きなときに繰り返し視聴したり、ビデオに落としたり、プリントアウトできる点だろう。
 現在、課金体系が未整備のため、出演者はノーギャラ、視聴料無料の実験段階であるが、来たるべき21世紀の「メディア時間ライフスタイル」のある方向性を示しているように思われる。土地柄かスタジオ来場者には外国人が多く、にぎあう六本木の街並みをぶらつく歩行者が、ガラスばりのスタジオをひょいとヒヤかし、そのまま出演してしまうような敷居の低さも、ノリの軽さも魅力である。

1997年4月11日  『メディア人間学』  京都新聞朝刊15面

ふじもと・けんいち  

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