春から初夏にかけて衣替えとともに、新しいタイプの携帯情報端末(モバイル・ツール)のハードとソフト、そして新しいサービス・メニューが、いっせいに出そろいつつある。それを報じるメディアの側も、若者向けの『モノ・マガジン』『グッズプレス』などファッション誌と、サラリーマン向けの『日経トレンディ』『ダイム』などビジネス誌が、競って「大通信時代」「モバイル大検証」「デジタルツール見栄講座」といった特集を組み、おしゃれ雑貨とオフィス用品との境い目が消えつつある。この新しく融合したジャンルの商品が、「実用的」かつ「カッコイイ」と、受けとめられている証拠だろう。
初夏の目玉としては、新型のPHSでは留守録機能だけでなく「Pメール」「きゃらメール」といった文字通信機能が追加され、ポケベル的な使い方が可能となったこと。「ピアフ」と呼ばれる新方式によって、パソコンとリンクした高速データ通信が可能になったこと。「データスコープ」(京セラ)「ピノキオ」(松下電器)「ジェニオ」(東芝)など、PHS一体型の小型端末が登場したこと。もちろん、先発の「ザウルス」(シャープ)も、カラー液晶のデジカメと一体化、高速モデム内蔵と独自性能をアピールしている。「電子メール専用機」という画期的コンセプトで先行したモバイルギア(NEC)も、メモリを2メガバイトに増設し、インターネット対応型を矢継ぎ早に市場へ投入した。
沸騰する新型モバイル・ツール市場をよそに、従来型ポケベルの利用者は頭打ちの状態。地域によっては、すでに解約者数が加入者数を上回っているらしい。しかし、これは「女子高生たちがポケベルに飽きたから」「より便利なPHSや携帯電話に持ち換えが進んだから」「より本格的なデータ通信へ乗り換えたから」という単純なステップアップ現象ではないように思う。むしろ、鞄の奥深くでなく、服のポケットに入れて常時脱着可能(ウエアラブル)なポケベルの「物理的な軽さ」と、ノリがよくキレ味のいい短文(断片的な一語文や暗号を含む)・多頻回(24時間随時)・瞬時的受発信によるポケベルの「精神的な軽さ」が、モバイル・ツール一般に、広く浸透したからと見るべきだろう。キイワードは、「超小型パソコン」や「モデムつき文字入力機」ではなく、いわば「おとなのポケベル」。従来型ポケベルそのものはパイオニアとしての役割を果たし終えたが、「ポケベル文化」はいっそう尖鋭化し続けているのだ。
ほんの10年前まで、外回りビジネスマンの「鵜飼いの鵜」「社畜」的象徴であったポケベルが、あっというまに女子高生の手によって、ファッショナブルな社交ツールとして転生し、使い回されていったのが1990年代前半。そして現在、ふたたび二つの流れが合流した。この間、ビジネスマンが社交家になったのか、女子高生が営業マンになったのか・・・。おそらく、その両方だろう。少なくとも、世の中のコミュニケーション全体がいっそう「軽く」なり、確実に「ポケベル化」した点は、疑いない。
1997年5月16日 『メディア人間学』 京都新聞朝刊15面
ふじもと・けんいち