「発信電話番号表示サービス」 岡田朋之


 今年の一月末からNTTが「発信電話番号表示サービス」なるものの試験提供を始めたのはご存じだろうか。市外局番が「045(横浜)」「052(名古屋)」「092(福岡)」の各地域でおこなわれているというこのサービスを、簡単に紹介すると次のとおりだ。まず事前にモニターに選ばれた利用者には専用の電話機やアダプターが貸し与えられる。そして、モニターが加入している地域内相互でかかる通話には、かけた側の電話番号が受ける側の電話機やアダプターのディスプレイに表示されるか、あるいは受けた側が通話後にある数字をプッシュすると、かけ手の番号を自動的にアナウンスしてくれる、というものである。
 NTTがこうしたサービスの導入を図る背景には、イタズラ電話や無言電話などのいわゆる迷惑電話が後を絶たないという事情がある。交換手を介さなくてもよいダイヤル式の自動通話が一般化して以来、歴史上この問題をめぐって関係者はほとんどつねに頭を悩ませてきた。これに対しては迷惑電話撃退機能つきの電話機や、「迷惑電話おことわりサービス」など、さまざまな策が講じられてきたが、どれも決定打にはならなかった。そこで切り札として導入しようというのがこの「番号表示サービス」だというわけだ。誰からかけてきたか明らかになれば、電話をとることを拒否できるので嫌がらせもできまいというのがその目論見である。米国ではすでに全世帯の十四%に番号表示機能を備えた電話が普及しているとのこと。伝えられているところによるとNTTはこの六月末までの試験期間が終了したのち、今年度中をめどに全国への本格提供をおこなう考えだという。
 このサービスについては、表示された番号が第三者に漏らされた場合のプライバシーの問題など、さまざまな検討すべき課題が数多くあるのだが、ここでは仮に実用化されたとした場合、次のような可能性をはらんでいることを指摘しておきたい。本来、電話というメディアは相手先が不在でない限り、かならず連絡を取ることが可能なものである。その理由のひとつには、誰からかかったのか受話器をとってみるまでわからないという性質があったことは間違いない。それゆえ、これまでの百年あまりの歴史の中で、電話はかける相手先には有無をいわさず受話器をとらせる暴力性を保持してきた。だが、もしこの表示サービスが全面実施された場合、相手の都合しだいで電話をとってもらえないことも大いにありうる。実現すれば、電話の歴史における一大転機だといえるが、はたしてユーザーの間でそうした変化は受け入れられるのだろうか。
 近年の情報メディアの革新のもとでは、ファックス、電子メールといった電話にくらべれば相対的に暴力性の弱いコミュニケーション手段が広まってきたが、電話もその例に漏れず、あたりのソフトなメディアへと変革を余儀なくされているのかもしれない。そうした点を考えあわせると、このサービスはこれまで指摘されている以上に、きわめて深い問題を内包しているといえそうだ。

1997年4月18日  『メディア人間学』  京都新聞朝刊15面

おかだ・ともゆき  

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