「電脳空間の中の音楽」 富田英典


 いま音楽の世界は、業界も巻き込んでその姿を大きく変えようとしている。
 手がけたミュージシャンは、篠原涼子、globe、華原朋美、安室奈美恵など、すべてヒットチャートを駆けのぼり「小室マジック」とまで言われたプロデューサー小室哲哉。彼が世界最大のコンピューター・ネットワーク「インターネット」上に開設したホームページ「PLANET TK」へのヒット件数は毎日十二万件もあるという。そこでは、彼がプロデュースしたアーティスト情報や音楽が視聴できる。
 また、リクルート系音楽ソフト会社は、英国のベンチャー企業と組んでインターネット経由で音楽ソフトの販売を始めた。一曲たったの百円でCD並みの音楽がインターネット で自分のパソコンに取り込めるという。現在では、技術の発達によりインターネット上で CD以上の音質による再生が可能になり始めているという。この動きが本格化すれば、C Dレンタル店やCD販売店は大打撃を受けることになる。
 リアルオーディオというソフトがある。これは、米国プログレッシブ・ネットワーク社が開発したもので、インターネット上でラジオ・オン・デマンドを可能にするものとして 世界中から注目を集めている。このソフトを使えばリアルタイムで音楽を聴くことができ、既にこれを使ってインターネット上で生放送をしているサイトが多数登場している。  既存のメディアの動きも激しい。例えば、ビクターやソニーなど大手のレコード会社のほとんどが、インターネットを利用したオンライン情報サービスを本格化させようとしている。東京のJ―WAVEなど国内のFM局も、インターネットを利用した放送を試みはじめているのである。
 大手のレコード会社に所属していないミュージシャンも、インターネットを利用すれば世界に向かって自分たちの音楽を発信することができる。大ヒットすれば、インターネッ ト上で注文が殺到し、莫大な利益と世界的な名声を獲得することさえ可能である。
 1967年にビートルズが発表したLP『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』は、コンサートでの演奏を忠実に再現したものではなく、オーケストラの演奏を重ねどりしたり、テープを逆回転させ録音するなどの技術を駆使し、スタジオで楽器を使わず録音編集された全く新しいLPとして注目を集めた。それは、レコードが、もはやコンサートでの演奏を再現するメディアではなくなったことを意味していた。レコードの演奏をステージで再現できなくなったビートルズは、ステージを降り、スタジオの中をパフォーマンスの舞台に選んだ。そして今、インターネットの普及により、音楽の世界は、さらに舞台をサイバースペース(電脳空間)へと移行させつつある。


1996年9月20日  『メディア人間学』  京都新聞朝刊13面

とみた・ひでのり  

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