「バーチャル・アイドル」 富田英典


 昨年五月に創立三五周年を迎えた大手芸能プロダクション「ホリプロ」(堀威夫代表取 締役会長)は、記念事業の目玉として今月ひとりの女子高生をデビューさせる。
 彼女の名前は、伊達杏子(本名も同じ)。血液型はA型。身長一六二cm体重四三kg。スリーサイズは、B−八三cm、W−五六cm、H−八二cm。一九七九年十月二六日生まれの十六才。友達からは“ダテキョー”と呼ばれている現役女子高生である。歌や踊りの才能はもちろん、数か国語にも堪能な十代の女性アイドルとして、CD発売から、TV・ラジオへの出演、さらにCM出演まで超大型新人として大々的なプロモーション展開が予定されている。
 ただ、彼女は、けっして私たちの前に直接姿を現すことはない。ZARDのようにライブを行わないアーティストがいることから考えると、別に珍しいことではない。ただ、姿を現そうにも伊達杏子には生身の身体がないのだ。実は、彼女は、最新のコンピュータグラフィック技術を駆使した世界初の「バーチャル・アイドル」なのである。インターネット内には、すでに、伊達杏子のホームページもある。
 以前、話題になった芳賀ゆいの場合も、あるラジオ番組のリスナーたちからの投書によ って作り上げられた架空のアイドルだった。ただ、彼女の場合は、そこに実在する人間の 臭いがした。しかし、伊達杏子にはそれがない。その理由は、芳賀ゆいがラジオというメ ディアから登場したのに対して、伊達杏子は、コンピュータの世界から生まれた架空のア イドルだからであろう。
 アイドルやスターは、もともと偶像化された存在である。それなら、最初から偶像であ る伊達杏子は、普通の女の子を偶像に仕立て上げる手間が省ける。それに、私生活でのス キャンダルでその地位を転げ落ちる心配もない。落ちようにも、落ちる場所がないのだ。
 しかし、伊達杏子が、実体のない存在であるという理由だけで、アイドルとして成功す るとは限らない。歌手としてデビューするなら、その曲がヒットしなければならない。芳 賀ゆいの場合も、デビュー曲はヒットせず、いつのまにか消えてしまった。実は、バーチ ャル・アイドルがアイドルになるのも簡単なことではないのだ。
 ただ、一度、バーチャル・アイドルを作れば、少し手を加えて、別のアイドルを作り上げ ることもできる。また、最近では、テレビゲームの世界の中に、すでにたくさんのバーチ ャル・アイドルが登場している。彼らがいつゲームの世界から音楽の世界に、そして、芸能 界に進出してきてもおかしくない。実際、「サムライトルーパー」というアニメがヒット し、声優たちが行ったライブにたくさんのファンが詰めかけたこともあった。気がつくと 、ヒットチャートをバーチャル・アイドルたちの曲が独占している、そんな時代が来るかも しれない。


1996年10月25日  『メディア人間学』  京都新聞朝刊17面

とみた・ひでのり  

   『メディア人間学』に戻る   表紙に戻る