「ヴァーチャルな恋人」 富田英典


 昨年九月、コンピューターによる結婚情報サービス会社アルトマンが業績不振のため営業を停止し、年末より清算手続きに入った。業界全体も、最近は会員数が頭打ちの状態だという。
 コンピューターを利用した結婚相手の紹介サービスは、七0年代に旧西独のアルトマンが我が国に上陸、その後同種の会社が多数登場し、世間の注目を集めてきていた。システムはどこもだいたい同じで、入会金として三0万円ほどを支払うと、コンピューターで理想の結婚相手を探して定期的に紹介してくれる。成婚率はともかく、多くの人と巡り会うチャンスを提供してくれることは確かだ。そんな便利なサービスにもかかわらず、会員数は伸び悩んでいる。
 ところが、他方で、インターネット上でのメールフレンド募集、個人情報誌の人気、「ベル友」の登場など、メディアを介した男女の出会いの場は、急速に広がりつつある。従来の結婚情報サービスは、理想の相手を会員リストから検索するためにコンピューターを利用したに過ぎなかった。プロフィールを紹介するだけでは味気ないと、各種のカップリングパーティーを盛んに行っているが、いずれにせよ初対面の人と急にデートを始めてみてもすぐにはうちとけられない。それに対して、最近注目を集めているのは、コンピューター通信や様々なメディアを積極的に利用して自分の情報を発信し、異性と巡り会うチャンスを拡大しようとする試みである。そこでは、紹介や出会いだけでなく、その後の交際もメディアの中で進行する。電子メールやポケベルなどで徐々につきあいを始めていくこの方法のほうがはるかに自然だ。「実際に会ってみたら、全然イメージが違った」と破局を迎えるケースが多いとは思うが、メディアの中で十分にお互いを理解し合っているので、うまくいけば実際に会ってから結婚までの期間は短い。そして、なによりも結婚斡旋所に付きまとっていた「自分で相手を見つけられない人が行くところ」という暗いイメージがここにはない。実際、コンピューターによる結婚情報サービス会社の中にも、インターネットを利用するところが現れ始めている。インターネットの利用者が、まだ圧倒的に男性であるという問題点はある。しかし、女性の側から見れば、こんなチャンスはない。「女性会員には、無料でパソコンを貸し出します。」なんていうサービスが始まるかも知れない。
 ただ、ヴァーチャルな恋人と現実の恋人では、前者が匿名性を前提にしているという大きな違いがある。メディアの中が新しい男女の出会いの場になっていく時、結婚という現実がヴァーチャルな世界とどのように接続されていくかが興味深いところだ。だだ残念なのは、既婚者の私にはそれが体験できないことだ・・・。

1997年2月14日  『メディア人間学』  京都新聞朝刊15面

とみた・ひでのり  

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