「アニラジ」 富田英典


 ここ数年、ラジオというメディアの中で異変が起きている。各局が深夜の時間帯に通称「アニラジ」と呼ばれる番組をそろえ、聴取率を競っているのである。
 「アニラジ」とは、アニメ、コミック、声優、ゲーム関連のラジオ番組である。番組の基本的パターンは、マンガを原作にしたミニドラマとパーソナリティーのトークであり、そこにゲームやアニメの情報案内が加えられる場合もある。番組で重要な役割を果たしているのが、アニメ声優である。
 声優ブームは過去にも何度かあったが、今回の特徴は、アニメに限らず「ときめきメモリアル」などのテレビゲームの声優にまで人気が広がっている点にある。
 また、声優本人に人気が集まり、ファン層は女性から男性へ変化するなど、美少女声優の人気はかなりのものである。
しかも、声優ブームは、アニメ、ラジオ、コミック、テレビゲーム、CD、ライブ、テレビと複数のメディアをミックスしながら雪だるま式に拡大しつつある。
 「アニラジ」に登場するアニメ声優とは、いったいどんな存在なのだろうか。
 声優は、単にアニメのキャラクターに合わせて声を出しているだけではない。その声は、声優自身の声ではあるが、もはや自分の声ではない。彼女たちは、アニメのキャラクターに命を吹き込む。実在しないものが、声優によって初めて命を与えられるのである。声優本人から切り離された声が、実体のないアイドルを誕生させている。
 ところが、架空のアイドルにバーチャルな命を吹き込む声優たちの声が、大きなうねりとなって逆流し、声優自身にアイドル性を付与し始めた。
 アニメ声優は、一度アニメのキャラクターという浄水器を経由することによって濾過される。その結果、声優は、今までのアイドル歌手以上に純粋なアイドルへと変身するようになったのである。
 「アニラジ」は、そんなアニメ声優が、アニメの世界から飛び出して、直接私たちに語りかけてくれるメディア空間を提供しているのである。
 今の若者達にとって、テレビのタレントは身近な存在になりすぎた。それに対して、アニメ声優には謎めいた部分がある。しかし、全てのアニメ声優がアイドルになれるわけではない。声、マスク、アニメのキャラクターがそろっていて初めて声優はアイドルになれるのである。
 俳優は、素顔を出したがらない。しかし、アニメ声優は、一度、自らの身体から声だけをアニメの世界に解き放ち、それを再吸収することによって、素顔の自分をもう一人のバーチャルアイドルにする。
 最近、コンピュータによって作り出されるバーチャルアイドルが話題になることが多いが、実在の人間がバーチャル化する現象も現代を象徴しているように思える。

1997年5月30日  『メディア人間学』  京都新聞朝刊15面

とみた・ひでのり  

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