三幕:宵闇の誘惑


何日かぶりの平和な夜。狭い狭いと言ってはいたモノの、突然四人もいなくなると、妻に逃げられた旦那の気分。うう、寂しくなんかないやいっ。すんすん(心の汗)。
「腹減った・・・そっか、みんな実家に戻ってるんだ。今夜は久しぶりに、即席麺か。お湯お湯っと。」
一人の時は、コレさえあれば生きていけると思ったけれど、手料理に慣れた後では、何かわびしさを感じる食べ物に成り下がってしまった。

耳障りな電子音。けたたましく鳴り響くこの音は、電話?、珍しいな。すでに学校は始まっているから、ダチの一人が心配してくれたのかも知れない。取り上げた受話器からは、予想だにしない声が飛び出してきた。
「もしもしぃ、あの…佐々松さんのお宅ですかぁ」
舌っ足らずな、まとわりつくような甘い声が脳髄を溶かしていく。恍惚感にも似た、奇妙な火照りすら感じさせる声。
「え?、あ、はい、そうですが」
まとわりつくほど濃厚な甘ったるいストロベリィミルクのような声を振り払い、かろうじて声を絞り出す。誰だろう?、ナゼか聞き覚えがある気がする。
「すみませんが、小十郎さんをお願いできませんかぁ。」
俺に?、女の子が俺に?。可愛い声だけど、誰だろう…でも、たしかに、どこかで聞き覚えがあるような気もする。
「小十郎は私ですが、私に何のご用ですか」
「あ、小十郎さん?」
「はい、失礼ですが、どなたですか?」
「………」
「あの、もしもし?」
「小十郎さん。私が誰だか分かりませんかぁ」
「…え?」
誰って…誰だ。俺の知り合いに、こんなかわいい声の子いたかなぁ。
「ライムって、言えば分かりますぅ?。」
ライム?、ライムねぇ。うーん、確かにどこかで聞き覚えが……果物?。宝魔ハンター?マリオネット?。
「幼い頃、一緒によく遊んだ、ライムですぅ」
幼い頃……
「ライム…あ」
「あは、思い出してくれましたぁ?」
田舎からここに引っ越して来て、間もない頃。そんな名前の女の子と遊んだ覚えが…
西洋人形のように可愛い子だったなぁ。名前で分かるように、日本人ではなく、生まれ故郷が…確か、トラ…トランシルバニア地方と言っていたのを覚えている。歳は俺と同じぐらいで、蜂蜜色に輝く綺麗な髪に、真っ青な瞳が印象深かった。そう言えば、恋心を抱いたのは、あの子が初めてだったな。初恋ってヤツか。しかし、一緒に遊んだのは、ほんの数ヶ月ぐらいで、ある日突然、いなくなって、それっきりだったのに何故、今頃…?
「あのぉ、もしもしぃ?」
「あ、はい(汗)」
「今、日本に着いたんですぅ。これから遊びに行ってもいいですかぁ?」
「はぁ…?」
「いいんですかぁ?。良かったぁ、断られたらどうしようかと思いましたぁ」
「へっ?」
「私ぃ小十郎さんと会うために帰ってきたんですぅ」
「ひっ?」
「私ってぇ、悩んだりするの嫌いですからぁ、先に言っちゃいますぅ」
「ふ???」
「私ぃ…小十郎さんが、好き…大好きですぅ」
「ほ〜?」
……何ぃーーーーーーーっ
「幼い頃から、ずうっと好きだったんですぅ。ですけどぉ…事情があって、急に祖国に戻らなくてはならなくなって…お別れの挨拶もできずに、日本を出てしまったのですけどぉ、今日までずうっと、小十郎さんを思ってきましたぁ。ですからぁ、小十郎さん、私とstadyな関係になりませんかぁ」
「あ、あの…ちょっと」
「本当ですかぁ、まさか本当にOKをもらえるなんて。ライム…感激ですぅ!!」
「いいっ、あの…」
「え、今から家に来ないかですってぇ、こんなお時間にご迷惑じゃあ・・・そうですぅ、ホテル決めてなくてぇ。ええ?、泊まっていけぇ。ですかぁ、そんなぁ、ご迷惑じぁ、はい、では、今から小十郎さんの家に行きますからぁ、待ってて下さいね。うふふふ」
「ちょっと、ねぇ…」
電話からは、ヘイ、回線はつながってるぜ、さっさとナンバーをコールしてんくな。あんたのハートを一字一句逃さず伝えるぜ、と言わんばかりにツーと言う音しか聞こえない。うーむ、一方的に喋られて、一方的に切られてしまった。

…それに、「すてでぃ」ってなんだ…えっと、何々。むらのない、規則的な、デートする特定の異性、決まった恋人………こ、恋人?…ライムちゃん…か。ちょっと変わった子だったけど、可愛かったな……今から来るって言ってたなぁ…ここの住所、分かるのかなぁ…って、ちょっと待て、これは非常にまずいぞ。こんな事をみんなにしられたら……みんなが里から出てこない内に何とかしないと……

いや、幼なじみが、訪ねてくるだけだ。何もやましいことはないぞ。懐かしいなぁ。そう言えば、オレが初めて恋い心を持ったのが、ライムちゃんなんだよなぁ。

俺の初恋…か。これから来るって言ってたな。別に会って話をするくらいだったら……いや、向こうからの申し込みを無下に断わらなくても、ちょっとぐらいつき合ったって……要はバレなければ、いいわけだし。さらば、種馬の日々
『ふぅん、そうなの……』
「そうなんだ。里にいた頃は、小さすぎて男も女もなかったし。ずっといじめられてたしなぁ。木から落とされるわ、川に叩き落とされるわ、虫を生で食わされるわ、一年の半分は、氷付けだわ。」
びくっ…なんか、急に室温が下がった気が…
『ずいぶん、嬉しそうだね』
い、今、電話の中から声が…
「そら…耳…だよな?」
おそるおそる、握りしめていた受話器を耳に当てる。
『ほ〜〜う、そら耳ィ?』
「こ、この声…朱雀?」
まさか、ついさっき里へ戻ったはず。こんなに短期間で戻ってくるわけがない

『小十郎。ライムって、誰?』
「だ、誰でしょう」
『初恋って、どう言うこと?』
「あ……あははは」
『独り言を言う癖は直した方が良いよ。おかげで、小十郎の考えていること、全部筒抜けだからね…』
あはははは、この溢れんばかりのオーラは。迸る殺意は・・・。後ろを振り返る勇気なんてない。後ろを振り返るまでもなく、窓に映える、紅き凶眼が誰かを告げている。
「小十郎。ライムって、ダレ?。ハツコイッテ、ドウイウコト」
「あははは、カタカナになってますよ、すずめちゃん。」
受話器を持ったまま、ゆっくりと振り返る。あの笑顔がある。朗らかで快活な笑顔。でも、そこには確実な死の匂いが、立ちこめている。あの恐怖をもたらす笑みがっ。
「この恐怖を絵日記に書き留めておこう。ああ、ヤツが迫ってくる、ヤツが、神よ…」

「小十郎さま・・・・」
いつも、泣いているまゆきだが、今回は少しばかり違うところがある。夏は過ぎたばかりだというのに。しかも、室内で。なぜ、ダイヤモンドダストがっっっっ。
「小十郎さま・・・・」
泣きじゃくるまゆきの声が、うわずる度に部屋の気温が落ちていく。埃っぽい部屋の空気を核にして、ダイヤモンドダストが、雹に変わっていく。

「お兄ちゃんっ」
あんずの笑顔。はち切れんばかりの暖かな笑み。目に涙が溜まっていることを覗いては。
「お兄ちゃんのばかぁぁぁぁ」
じゃきんっという、効果音が入りそうなくらい、鋭く爪が光る。

「小十郎、寂しい思いはさせません。すぐに私も、後を追います・・・。」
ああ、モリブテンパナジウムの、電話帳でも、鮭の骨でもスパスパ切れる包丁が、今日ほど憎らしく思ったことはない。人間も、スパスパ切れるんだろうなぁ。穴あきだから、付いてるのは一枚だけ。野菜の飾りも思いのままか。

「殺ス、確実ニ死ス。」
「くっそお、そう、おめおめと殺されてたまるかぁ。オレだってなぁ、現役の長をやりこめたんだ(手加減して貰ったけど)。」

「って、こんな時に電話?。」
『もしもし、小十郎さん。おばあちゃんは、女の子に手を挙げるような子に育てた覚えはありませんよ。泣くのは、いつも女なんですからね。』

さすがは、覚りのばあちゃん・・・たしかに、みんなを殴ることは出来ない。だからといって、死ぬのもイヤだぁ。
「おばあさまとも、お別れが言えたみたいだね。行くよ、小十郎。鞍馬流究極奥義、覇王爆砕掌っっッ。」
おおうっ、発光し目に見えるほどの気の固まりがぁって、少年誌じゃないんたから、現実は1/10000で時間は進まないのだ。主要メンバーの切り返しや、解説を入れる余裕はないのだ。
「一か八かっ、気合いをためてぇ、小十郎だいなまいっっっ」
じーさんをも、追い込んだ必殺技(必ず殺す技の割に何十発も撃ち込んだが)。俺の最大限の気が、朱雀の気を打ち消す。
薄もやの中から、現れる俺。格好良すぎる。

「ばっ、ばかな。何で、小十郎が鞍馬流の奥義を。それにこの気の量。人間のモノじゃないよ。」
「ああ、那水姉っ。お兄ちゃんから、道が消えてるっっ。」
「どうやら、奈美貴さまや、静氷様に施された術に、小十郎の体が慣れてしまったようですね。」
「は、どゆうこと。」
「つまり、小十郎の体は、道や仙指整体術を施された状態が普段の状態になったわけ。」
「よーするに、あのじーさんたちをやりこめた状態が、普段のオレなわけ。」
「ま、そう言うことだね。」
「と言うことは、小十郎も。私たちと同等の体を手に入れたという事ですか。」
「そうだね。ようやくコレで、手加減せずにすむよね。」
「え?、さっきの手加減してたの。オレ全力だったのに。」
「当たり前じゃないか。ボクは小さいときからずっと修行してるんだよ。おじいちゃんに付け焼き刃で、教えられた技とは、比べモノにならないよ。」
そう言えば、すずめにはタメの動作がいらなかったなぁ。はははは。
「おじいちゃんたちが、本気になれば、ボクでも一分持たないのに。小十郎になんて、鼻息で勝てちゃうよ。」
虚脱感が全身に満ちていく。はは、コレが死の予感ってやつなのか。



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