アブドゥル・アルハザードの字義


クトゥルフの呼び声第五版の224頁、ラヴクラフト超自然の世界。と言う資料集があり、そこにネクロノミコンの著者である、アブドル・アルハズラッドについての考察があります。多くの人は、読み飛ばすところですが、すこし異議を唱えたいと思います。

まぁ、元々HPLの叔父が、アラブ風の名前として、適当に作った名前なので、それを大まじめに捕らえるのも、興醒めかなとは思いますが。ちなみに、私、ダメ学生でしたが、アラビア語学科を卒業しております。

さて、ルールブックから抜粋しますと「その名をアブドル・アルハズレッドと言う人物だと言われています。しかし、アラブ人であれば、そんな名字はありえません。アブドルという名字は、英語の一般的な小説の中で、アラブ人につけられる名前としてもっともポピュラーなモノですが、実際にはアラブの名前ではないのです。」とあります。

原文のミスなのか、日本語に訳したときのミスなのか分かりませんが、アラビア語でも、欧米と同じく、人名は、「名+姓」で表すハズです。アブドルは、名前(ファーストネーム)であり、 名字(ラストネーム・ファミリーネーム)ではありません。まぁ、ファーストネームを名字にする人はいないでしょうね、そりゃ。

ここですでに入り口を間違えています(補記:なお、2004年10月段階で、NHKのアラビア語会話で、アブドーラと言う方が講師をしておられます。出身地まで知らないので、アラブ人では無いかも知れませんが)。 (さらに補記すると、ポーラ・アブドゥルという、ダンサー/シンガーがいます。芸名でなく本名。CDラック整理中spellboundが出てきて思いだした。まぁ、ユダヤ系シリア人を父に持つアメリカ人なので、アラブ人じゃないですが)。

話を進めるために、日本語に訳すときのミスと言うことにします。翻訳者の方には申し訳ないですが。

アブドルは、Abd Allahで、神のしもべと言う意味には違いありません(ちなみに、アッラーと言う言い方は、定冠詞のアル+アラー(厳密にはイラーですが)で、Alが続くため短縮して書くためアッラーと読む。ハズ。なので、アッラーだとTHEGODであり、アラーだとGODと言う違いがあります)。アラビア語のAbdは、その意味が奴隷や奉仕する。と言う単語に間違いはありません。ですが、これは日本語の名前を、漢文風によんで意味をとらえようとしているに等しいことなのです。

極端な例ですが、水田豊。みずた・ゆたか。と言う人名であったモノを、「すいでんゆたか>稲が豊作」と解しているに近い。と言えば、それとなく理解して頂けるでしょうか。

アブドゥルと言う名前は、数多い名前ではありませんが、かと言って、奇異な名前でもありません。ましてや、存在しないと言うことは、絶対にありません。アブドゥルは、キリスト教圏で言うならば、クリスチャンと言う名前と同じです。デザイナーのクリスチャン・ディオールが一番有名でしょうか。

神の奴隷。と言うよりは、神の従順なしもべ。それはつまり、信心深いと言う意味であり、宗教が道徳観を担っている文化においては、道徳心に富んだ子になりますように。と言う親の願いでしょう。少なくとも、大学の講義ではそう聴きました。

姓の方ですが、こちらは、何とも言えません。日本でも、変わった名字の方がおられるように、あらゆる事が考えられますので、この名前が存在しないとは言い切れません。

しかし、アズハルレッドにしろ、アルハザードにしろ、読みの英語化がかなり進んでおり、ここからアラビア語を類推できるほど、私には語学力がありません。そのため、ルールブックの記事を信じて、アル・アズラードとして、むさぼり食うもの/絞めるもの(私見では、窒息させるモノの方が良いと思う。chokeなので)。とします。


名前+定冠詞+名詞となった場合、定冠詞+名詞は、あだ名やニックネームを指すはずです。例えば、ガラハッド・ザ・ピュア。と言ったとき、ザ・ビュアを名字とする人はいないでしょう。純潔なるガラハッドとでも訳すはずです。ランスロット・ザ・ブレイブだったら、勇敢なるランスロットですし、ジャンヌ・ラ・ピュセルなら聖女ジャンヌかな。しかしまぁ、このことは欧米圏的な発想かも知れませんけども。

それを踏まえて、アブドゥル・アル・アズラードとした場合、むさぼり食うアブドゥルと言う俗称と言うか、魔術名と考えた方が正しいと思います。部族の戦士の出自であるとすれば、敵をむさぼり食うとか、首を絞める。と言う戦果から、名字になったとも考えられます。

根本的かつ致命的なミスとして、記事の結論では「偉大なる首を絞めるもの/偉大なるむさぼり食うものの礼拝者」となってますが、「偉大なる」はどこから出てきたのでしょう?。偉大なと言うアラビア語は、アクバルです。

Hazredはアラビア語には無いとなってます。たしかに無いのですが、近いものとして、Kazala(意味はcut offやhinder)があります。アラビア語英語辞書では、発音がk音になってますが、厳密にはKh音で、発音上は「ハ」であると習いました。英語で言うLとRの発音のように、アラビア語ではH音を出すものが三つあります。と習いました。Kh音は、のどの奥を開いて発音するハ。だったかなぁ?。

また、azrという単語もあり意味は、strengthです(用法を見るに、弱者を救済するような力と思われます)。ルールブックの記事のように、活用形を持ち出すよりは自然かと思います。

妨げるものアブドゥルとか、望みを断つものアブドゥルでも、意外としっくり来る感じがします。そもそも、ネクロノミコンの著述目的がはっきりしていません。自身のための体系化したメモ書きだったのか、それとも、真の宗教である外なる神々への礼拝方法を後世に伝えたかったのか、不明のままです。

アブドゥル・アルハザードが、どちらの側に立って、キタブ・アル・アジフを書いたのか。そもそも、著述したのは、本人の意思だったのか、永遠に謎です。この人類に混乱と混沌をもたらす書物が、ニャルラトホテプの陰謀の始まりだったのかも知れません。



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