知らないフリは楽し
−クトゥルフハンドブック176ページ
2005年にエンターブレインから刊行された「クトゥルフと帝国」は、心あるテーブルトークプレイヤーはもちろん、これから テーブルトークに触れてみようとしている人は、買ってはいけません。RPGマガジン時代の企画は「帝国とクトゥルフ」(RPGマガジン時代もクトゥルフと帝国でした、すみません)であり、似て非なるモノとなっています。
大正時代のガイドブックを探しているなら、止めませんが、テーブルトークのサプリメントと思っているならば、著者への利益になる行為はするべきではない。と言えるほどです。 私のサイトから、なぜかちょくちょく購入する人がいるのでなければ、記憶から消してしまいたいほどなのですが……
本来ならば、私が買った直後に警告しておくべきだったんですが、ネガティヴな目的ではやる気が出ないモノで、買ってしまった人には申し訳ないとしか。
・心構えの間違い
はじめに、で堂々とこう書いてあります。>『プレイヤーが「近々起こることを知っている」大震災を自分たちのキャンペーンで扱うのは難しいだろう』
つまり、お前たちには知らないフリは出来ない。と断言されている。これほど、プレイヤーを、購入者をバカにしている言葉があるモノかと。
山本弘氏のクトゥルフハンドブックにもプレイヤーの心構えとして「知らないフリは楽し」と言う項目が設けてあり、プレイヤーとキャラクターを切り分けることで、二重にスリリング出来る。とされている。私もそう思う。
例えば、ジュドメルの狂信者たちが、大規模な儀式を予定している。となれば、プレイヤーには関東大震災が脳裏を過ぎり、 九月一日がリミットと、自然と悟るだろう。
プレイヤーは知って良いのだ。ホラーは、知っているが故に怖い方が、遙かに演出しやすい。でるぞ、でるぞと前フリがあって出るから怖い。何も前フリなく出てくるのでは、驚きでしかない。言い換えれば、これも一つの伏線なのだが。
何回も使い回して恐縮だが、
「殺人犯や怪物が、納屋に潜むシーンを描く」
「車を修理している人物が、工具が足りないからと納屋へ向かう」
殺人者が納屋に潜んでいることを視聴者が知っているからこそ怖いのであり、知らなければ驚きしかないのだ。
ついでに言うと、プレイヤーキャラクターの知覚範囲内で進行せねばならないテーブルトークでは、この手が使えないため、非常に難儀する 。そのため、どういう形で「チラ見せ」して、プレイヤーに色々と想像させ、どこで対面させるかと言う、伏線張りに神経を使う必要がある。敵を絞り込ませることも、また謎解きの一つと言える。
一例を挙げると、クトゥルフに限定するならば、妙に生臭い水たまりの足跡、ゴボゴボと言う音が混じって聞き取りにくい声、察しが良いプレイヤーならば、 相手は「深きモノども」と即座に理解する。理解した上で、どうするか、考えさせるのが楽しいのだ。
こんな事も分からないで、サプリメントを書いて良いのか、そしてホラー系最難関であるコズミックホラーの関連書籍を書かせて良いのかと。むしろ、ホラー系テーブルトークにおいて「知らないフリ」は推奨すべき行為である。さんざん、ホラー向きでないプレイヤー*1に振り回された私でさえ、「おまえら知らないフリは出来ないからな」と思ったことはない。
そもそも、震災と言う最大の出来事を外してしまうのは、どうなんだろうか。ベルリンの壁崩壊前後では、様相が全く変わるため、ベルリンの壁崩壊は省きました。と言われて納得するだろうか?。華やかで活力に満ちた大正と言う浪漫の時代 を、モノトーンの軍靴響く時代へ塗り替えた震災と言う出来事無くして、あの時代を語れるのか?。
そもそもにおいて、出来るか出来ないか、扱えるか扱えないかを決めるのは、各キーパーであって、ライターじゃない。どんだけ上から見てんのよ。変な理屈をこねず、紙面の都合、ページの都合と言われた方がまだマシだ。 加えて、テーブルトークは仮想世界であり、関東大震災が回避された未来が有っても問題はなく、アトラスの葛葉ライドウシリーズのように「大正30年」であっても何ら問題はない。不可避で固定化されたもの。と言う発想自体がすでに歪んでいる。
確認のために、この前書きに目を通すたびに、沸騰してしまう。正座させて説教して、反省文100枚書かせた上に、黒板に一文字5oで、 「ごめんなさい読者をバカにしました」とずっと書かせたい。
このことだけでも、テーブルトークのサプリメントとして失格であり、テーブルトーカーとしても失格であり、クトゥルフの呼び声のプレイヤーとしても、キーパーとしても失格であり、そんな人物の書いたサプリメントなんて、読んではいけないと言える。
そもそもの記事内容も、シナリオソースとして使える部位がほとんど無く、テーブルトークのプレイ経験を疑ってしまう。この「はじめに」を通してしまった編集者にも問題がある。エンターブレインのTRPG書籍は、TRPGに対する愛情なく作っていると思われてもしかたない。
*1:危険が潜んでいるであろう部屋に「いやだ、行きたくない」と言われ、警察に通報して終わるという、グっダグダのグっズグズにも程があるキーパリングの経験がある。それでもなお、 彼らにどうやったら楽しんでもらえるか考えたのだ。
・コンセプトの間違い
このクトゥルフと帝国は、大別するなら、都市サプリメントであり、新たな都市、地域を紹介し、新たな冒険へと導くモノである。ルーンクエストで言うならサンカウンティだったり、ワースブレイドなら東方であろう。土地風俗や、町並みといった環境を主体にするべきで、生活様式などの詳細なところは、従であろう。町並みの解説は8ページに留まる。各地域(銀座とか浅草など)が、長くとも40行程度でざっくり流されているだけで、どういう景色で、どういう事件が起きそうか、私は思い馳せることが出来ない。ちなみに、渋谷は10行程度で、 「軍の演習場だったが、次第に宿舎や住宅街になっていった。」でまとめられるぐらいの情報量しかない。
トーキョーN◎VAのカムイST☆Rでは、各エリアの解説に13ページほど割いてある。各エリアの代表的な建物、店、行政機関などが上げられており、非常に思いを馳せやすい。
本来ならば、クトゥルフと帝国も、浅草や銀座などの代表的な建物、店などを個別に紹介するべきだろう。おそらくは、東京都民しか念頭に置いていないのではないか。トーキョーN◎VAが、予備知識が全く無い人へのガイドとして機能するのに対して、クトゥルフと帝国では、予備知識があってもなかなかガイドとしては機能しない。
他にも、アパートの間取りが上げられているが、それをするなら、長屋(低所得)レベルから、邸宅(華族)レベルまで、全てを均等に扱わないと意味がない。と言うよりも、物語の舞台としては、おそらく、邸宅レベルか、ホテル、旅館の方が圧倒的に必要だろう。中所得のアパートがクトゥルフ神話と絡む必然性はかなり薄い(新聞記者の自宅ぐらいか)。やはり、金持ちが道楽で魔道書を見つけただの、田舎の豪農が祈祷しているとか。そんな方が話にしやすいはずだ。 さらには、クトゥルフスーパースクリーンのように、列車や船の間取りの方が便利だろう(大陸横断鉄道や海外航路の大型船での事件など、当時ならでは 、ではないだろうか)
なんのための本なのか、と言う基礎コンセプトが取れていないように思う。それが顕在化するのが、人物紹介。女性奇術師である松旭斎天勝には17行ほど 割いてあるが、出口王仁三郎は6行ほどである。どちらが、クトゥルフ神話と関係が深そうかと言えば、誰しも出口と言うだろう(出口は、有名だから書かなくても良いと言うつもりだろうか)。
出口や植芝とモンゴルへ下見に行くとか、大本教の本部に魔道書があるとか、出口との関連は即座に思いつくが、女性奇術師と探索者はどう結びつくのだ?。人間大砲で次元の壁でも撃ち抜くか?。
さらには、帝都物語の魔人、加藤保憲も名前が挙がっているのだが…角川とか荒俣先生には許可を得たのだろうか?。そもそも、史実の人物と架空の人物を混ぜるべきではない。
クトゥルフシナリオとして一番処理しやすいであろう、妖怪や宗教のページにも力が入っておらず…今見ると、日本の秘密結社に大本教がないな…物理霊媒とかもないなぁ…オカルトアクションに寄せる手段として物理霊媒は非常に面白いと思うのだが。
・自己保身という間違い
付属シナリオには、浅草十二階、凌雲閣という当時のランドマーク倒壊と爆破撤去を題材にしたシナリオがあるが、この日本を代表するランドマークについて、ほとんど触れられていない。浅草の項でも「1890年凌雲閣完成」とだけあり、エレベーターが 後で追加されたとか、震災で倒壊とかは、触れられていない。なのになぜか、凌雲閣を付属シナリオのコラムでわりと子細に紹介している。これでは、付属シナリオのために、本編では秘匿したと邪推されてもしかたない。そもそも、大震災は扱わない。としておきながら、大震災で倒壊した凌雲閣を題材にするのは卑怯ではないのか。
・ルールの勘違い
付属シナリオの作者が誰だか分からないので、何とも言えないが、NPCのスキルに「ファザコン 70%」と言うモノがある。70%の確率で何が起こるのだろうか?。「おとーさーまー」と突然叫ぶのか?、火事場のクソ力が出るのか?、父親を見るたびに、70%の確率で目がハートになるのか?。
ルールを理解していない証拠であろう。これは「このシーンでは30%の確率で深きモノどもが登場します」というのと同じ勘違いと言えよう…いや、そんなモノではなく、巨乳70%とか言うレベルかもしれない。70%の確率で揺れますとかいう感覚だろうか。
すくなくとも、私ならば、既往の精神病:エレクトラコンプレックスないしは、ファーザーコンプレックスとでもする。こんなモノは、確率で起きるモノではない。と言うか、NPCの解説のところに「ややファザコン気味」と書けば済む 程度の背景設定であり、スキルや既往症として扱うレベルではない。
他にも、ワイロ60%とか、へまをする90%とか……そりゃあ、テーブルトーク廃れるわ*2……まぁ、魔竜斗マスターのディヴに行かなくて良かった。とだけは言える (根拠はなく、ただの勘だがこのシナリオには美少女メイドが出てくることから、魔竜斗か内山ではないかと目している)。
大正時代の文化・風俗の入門ガイドとしては機能するが、テーブルトークのサプリメントとしてはまったく機能しない。
買うべきではない。
繰り返しになるが
『プレイヤーが「近々起こることを知っている」大震災を自分たちのキャンペーンで扱うのは難しいだろう』
などという人物を認めてはいけない。これは本当に、テーブルトークとそのプレイヤーを侮辱した言葉だ。 たとえ真実であっても、紙面で言うべき言葉じゃない。少なくとも客商売なのだ。
なによりも、発言の真意を理解しないまま(つまり、どれほどプレイヤーを見下した言葉かを理解していない)に、胸を張るような人物が、執筆活動されても困る。
幸いにして、以後は翻訳ぐらいしか携わってないようだが、この人物が近年のクトゥルフRPGの中心にいることは許し難い。
それほどの嫌悪である。
*2:真面目に述べておくと、60%の確率でしかワイロを受け取ってくれないのならば、ごく普通の人物だろう。腹黒いなら、全て受け取るはずである(受け取った上で何もしないとかな)。
そもそも、ワイロ(と言うか、多めのチップ、付け届け含めて)は、言いくるめや説得判定のボーナスにするべきで、別個の技能となるモノではない。こうしたオプション行動のスキル化は、会話でのやりとりを主体とするテーブルトークの否定である。
つまり、誰かを説得するのに、ただ「説得ロールしまーす」で進むテーブルトークなんざクソだ。「タバコと一緒に細かく畳んだ20ドル札を渡しつつ「頼むよ」と言います」テーブルトークならこうあるべきだと思う。
公的なサプリメントでやると、推奨行動のように取られてしまう。良き例なら良いが、悪しき慣習は極力潰していかねばならない。
なお、クトゥルフの呼び声ルールブック第五版では「ワイロがうまくゆくかどうかは、役人のキャラクターによります」と明記されています(第五版ルールブック95ページにワイロと言う項目すらあります)。まぁ、クトゥルフ神話TRPGは六版ベースらしいですから、なにか変わったのかもしれません(パーセンテージ化するとは思えないけど)。
「ヘマをする」も同じで、こうした演出は計算の上で行うべきで、ランダムで起こすべきじゃない。マスターが神と言われるのは、シナリオという予定調和を組むからだ。 そこに人間という不確定要素が入るから面白い。予定調和が予定と狂いながらも、最終的には調和するから面白い。 不思議なことに、乱数発生器であるダイスも、なぜか最終的には調和を取るように行動する。あり得ない確率を成功/失敗して、見事にまとまったプレイの経験が誰しもあるはずだ。
ほぼ無限に近い発想と行動に対処できるのがテーブルトークの最大の利点で、 こうした演出や設定のスキル化は、ビデオゲームのコマンドと同じで、行動を縛ることしかしない。
限定行動を機械的に処理するならば、テーブルトークに価値なんて無い。
こうした行為は、自殺行為でしかないことを理解していないのだろう。
なんかもう、色々とダメすぎるエンターブレイン製TRPG。
もう一つ言うと、「ヘマをする90%」とかスキルを付けてしまうのは、初心者マスターにありがちな行動でもある。そして、二、三度やると、そのスキルに意味がない事に気がつくモノだ。かくいう私も、超初期にやったことがある ので間違いない。初心者マスターによる同人誌なら、ほほえましく思うが、プロの作でやられるとなぁ…
そもそも、明確な行動補助NPC(準PC)か敵対する可能性があるNPCでない限り、スキルの詳細設定は必要ないのだ。
2012/11/08 初稿 2012/11/09 大幅増補 2013/05/13改訂
2019/01/24RPGマガジン時代も「クトゥルフと帝国」だったので訂正
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