ブリーフィング


ジオン地上部隊の断末魔のようなジャブロー降下作戦は、ものの見事に失敗した。我々はジャブロー防衛に成功しただけでなく、手痛いダメージを、与えることが出来た。もはや、ジオンの地上兵力は、残党のレベルにまで落ちたといえるだろう。

懸案だったカリフォルニア基地奪還作戦を作戦司令部が練り始めたとの、まことしやかな噂も耳に届いている。星一号作戦が発令され、次々と宇宙(そら)へと上がる艦艇を見送りながら、次の任務はドコだろう、果たして、陸軍も宇宙へ上がるのか。と賭けたりもした。

俺たちが、星一号で宇宙へ飛ばされるか、カリフォルニアに突き落とされるかは、上の気分次第だ。それまでは、ゆっくりさせてもらおう。要人の確保の成功と、ジャブローを守りきったご褒美に、次の激務が言い渡されるまで、短い休暇を堪能できるはずだった。

「みんな聞いてくれ、次の仕事場が決まった。10分後に、迎えのトラックが来る。」

賭の結果報告、それは休暇の終了の合図でもある。

「トラックって事は、地上ですか?、少佐。」
「そうだ」
なんてこった、賭は負けだ。相棒のカイム・ローガーは、「賭はオレの勝ちだ。忘れるなよ」と言い放ち、自室へと戻っていく。給料日まで、どう誤魔化そうか考えていると、アレード少佐の沈痛な面もちが目に止まった。今までに見たことのない程の沈んだ顔は、厄介な任務なのだと告げている。

あてがわれたトラックは、車輪ではなく、ホバー走行タイプ。こういう奮発のされ方は、ろくな任務じゃない。帆布ではなく、金属でおおわれた荷台は、簡単な作戦会議なら出来そうなほどの居住性。窓に目張りがされていて、まるで囚人護送のような扱いで、ホバートラックに押し込まれる。

窓もなく、舗装路の上を走るホバートラックにからは、振動が感じられない。動いているか止まっているのかも、分からなくなってしまいそうだ。ややあって、外が騒がしくなる。怒号と手荒い振動。発せられる怒号から、係留作業が行われているらしい。ミデアかなにかに積み込まれたのか?。わずかに感じ取れる振動も、ホバートラックが動いているのか、ミデアが動いているのか判断は付かない。

誰もが、微妙な違和感を感じていた。鉛の様に重たい空気が、皆の口を押さえつけている。いい知れない焦燥感にも似た不安感が、鳩尾の奥で動き回る。


再び、ホバートラックの扉が開けられた時、誰もが久しぶりの陽の光を期待したのだが、そこは、リノリウムの冷たい光が射し込む建造物の中だった。広大な地下駐車場と言った所か。野球はおろか、アメフトだって出来そうだ。

「こちらです」
言葉尻がやたらと短い、フル装備の警備兵が移動を促す。MSパイロットは全員士官だ。言葉は敬語だが、語調は厳しい。持っているのは、新式のブルパップの突撃銃に、ごついボディアーマー。どうやら、ここは軍の良くない施設らしい。

通されたのは会議室とおぼしき場所。いくつかの見知った顔が神妙な面もちで、イスを陣取っている。どうやら2班共同任務のようだ。

「メキシコから急に呼び戻されてよ。カリフォルニアの偵察が終わったばかりだってのに」
ゴーグルと言っても良いような巨大なサングラスと、神風と漢字のきざまれた鉢巻きをした長髪の小柄な男が、俺を見つけて声をかける。この張りつめた空気の中で、学食のような振る舞いをする、この男の胆力に苦笑する。

相棒のローガーを呼びつけて座る。アレード班の紅一点ラーナの隣を狙っていたローガーは、少々不満そうだ。ラーナの方を見れば、すこしホッとした様子で、俺を見て微笑んだ。
「こっちは、休暇中だったんだ。お互い災難だな」
「まったくだ、もう少しで、豊満なメキシコ娘をモノに出来たってのに」
ローガーの愚痴に、手で女のボディーラインを表現しながら、スキンヘッドにやや太めの体をした男が、切り返す。

小柄な方の日本かぶれは、キャニー・レイスン中尉、通称カミカゼ。スキンヘッドの方は、ガドー・ウィーシュ中尉、通称タコ。この二人が、いると言うことは、ここにいるもう一班は、パイク・D・マーコス少佐の班か。

この二人はマーコス班のジム・ヤヌス、キャサリンのパイロットだ。この特務部隊では、機体に名称を付けている。やはり、女性名が多いのは、軍隊の性(さが)か。

俺たちの機体名はドロシィ。一応、コールサインとして設定されてはいるが、通常コールサインは、パイロットにつけられるモノで機体につけるものではない。ちなみに、ローガーのコールサインはドロシィ1、俺のコールサインは、ドロシィ2だ。

まるで、機体の付属粗品扱いされているようで、あまり気持ちの良いものではない。特殊部隊とはこういうモノなのだろうか?。

「あんまり浮気すると、キャサリンがすねちまうぞ?」
「お前らのドロシィと一緒にするなよ。キャシーは懐の深いいい女なんだ」
「ドロシィはまだ枯れてないんでね。それにオレは、嫉妬してくれた方が、愛情を感じるよ」
カミカゼの挑戦に、ローガーも負けじとやり返す。何度か、共同作戦をしたこともあるし、将校クラブで一緒に飲む仲だ。この二人と、バカ話をしていると、冷えた鉛のような空気が、少し和らいだ気がした。

「まぁ、第133特務部隊最強のマーコス班とアレード班の合同作戦だ。敵さんが可哀想になってくるよ」
タコがアゴを机に載せたまま、冗談とも、本気とも付かない口調でつぶやいた。


「傾注ッ!!」
至近距離に雷でも落ちたかのような怒号。絵に描いたような鬼軍曹が、ブリキの兵隊のような直立姿勢を披露している。今までとは違った、薄い氷を踏むような緊張感。カミカゼとタコ、それにローガーも軍人の顔に戻っている。直立したままの姿勢で待つ。

「ご苦労、着席して楽にしてくれ。陸軍第133特務大隊司令、ジャミトフ・ハイマンだ。本作戦のブリーフィーングは、私が行う。」

総大将のハイマン准将自らお出ましとは。ローガーは口笛を鳴らす真似をしている。式典行進の時、遙か遠くの閲覧席にいた准将閣下が目の前にいる。何とも異常事態だ。

普通、二班合同程度の作戦ならば、Bチームの中佐、奮発したってCチームの大佐なものだ。大佐御自らプリーフィングを行うことすら、学園長が朝のホームルームをやるようなもので、よほどの事態でもない限り起こり得ないのに、准将自らとは…いったいどういう了見だ。

「各自資料を開封しろ。本作戦において、すべての情報は、極秘となる。留意しておけ」
俺たち直属のBチームリーダー、マイルズ中佐が神経質そうな甲高い声で司会進行を始めた。


1.資料を読む

2.すでに読み終わっている。



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