開幕


「よく来てくれました。こんなに、夜早くに申し訳ありませんでしたね」
歌うようなアルトの声を率いて、舞台の上座から現れる。スパンコールがちりばめられた、イブニングドレスは、さながら、星の瞬く夜そのものを身にまとっているように見える。その夜の切れ目から見える脚は、美しいがマネキンのように生彩がない。

衣装もさることながら、髪をアップにしたと言うよりも、モホークの様に逆立てたその髪形も、オペラハウスに似つかわしいとも言える。

彼女こそが、この街の公子。珍しい部類に入るトレアドールの公子。

「時間に正確なことはよいことだわ…あら、顔色が良くないようですね。」
オペラハウスには似つかわしくない、バレエの様なターンというよりも、フィギュアスケートのスピンを続けながら彼女は言う。客席の最後尾と舞台の上にいる人間同士の会話でなれば、ごく普通の会話だ。だが、社交辞令ではない。もとより、人間ですらない。血族にとって、この程度の距離など、額を付き合わせているようなものだ。

「もっとも、顔色の良い死体なんてありませんけどね」
公子のスピンが一層速まる。そのまま舞台に穴さえ開けてしまいそうだ。そんなところで瞬速の訓えなど、血の無駄遣いだが、デカダンにとっては、今こそ使いどころなのだろう。

「サバトのいたずらっ子が、派手なギグをやろうとしているらしいの」
舞台にいたはずの公子が、突如目の前に現れる。瞬速の影響が残っているらしい。客席の背もたれに腰を降ろし、これ見よがしに足を組む。

「その為に、うるさい楽器を沢山買い込んだらしいわ。下水の王子様が、わざわざ伝えに来たぐらい。『第三国のAK(ルビ:レプリカ)でなくて、ホンモノの軍用ライフルだ。』だって。あいつらも、火薬の臭いと音は嫌いみたいね。」
ノスフェラトゥの似てない声真似を恥じたのか、公子は、背もたれの上で反転すると、そのままシートの上へ滑り落ちた。高く上げられたその指には、一枚のメモが挟み込まれている。

「でもまぁ、おかげで確証が取れた。臭い消しに使った香水分の価値はあるでしょう。これが、荷受け場所の番地。時間は、明日の夜半。としか分からないわ。厳密な到着時間は決まってないのかも知れない。サバトのバンドメンバー数も不明。そんなに多くじゃないわ。ビッグバンドなら、私の耳に直接、届くもの。」

メモに記された示された住所は、倉庫街を指している。

「やるべき事は分かっているわね。警吏として、この街の治安維持に汗を流して頂戴。方法は任せるわ。ただ、仮面舞踏会の掟は忘れないでね。もっとも、死体は汗なんてかかないけどね」

公子から解放されたと言うより、つまらないジョークから解放された安堵感を押し流し、これからのことを決めなければならない。荷物の到着は明日だ、つまり、今夜は自由に動き回れる。地歩を固めるか、一発勝負に出でるか。

行動
1,独自に情報を得る。
2、倉庫街の下見(張り込み)に行く
3,何はともあれ、飢えを満たす。
4,敢えて何もせずに、明日に一発勝負をかける。