−今の私は何もできない。だから、せめてこの名を贈ろう−

 ダンラークの年若い国王は、温厚で評判も良いのだが、深い悩み事をもっていた。
 それを解決すべく、周囲の臣下たちは、日夜、連絡を取り合い、走り回った。
 彼のたずね人を捜しだすために。
 国王エンリックは、王宮の窓から、外を眺めては、時折ため息をつき、思いをめぐらせた。
(いつになったら会えるのだろうか。我が子に…)

 都の中心から、少し外れた道を一台の馬車が走っていた。中の人影は二人。
「もう何年になる?こうして、街中を回るのも。」
 貴族の一人がつぶやいた。エンリックの腹心、ウォレス伯である。
 それを聞いた、もう一人の貴族、レスター候が、手にしていた地図から目を離した。
「仕方あるまい。我々が動かねば、陛下が御自分でとおっしゃられる。これ以上、お忍びで外出あそばされてはたまらぬ。」
 ウォレス伯は小さく頷いた。
「せめて、もう少し手がかりがあれば…。あれは?」
 馬車の窓の外に、道から少しはずれた門を見つけて、ウォレス伯はレスター候に問いかけた。
 小さな修道院と思われるが、数人の子供達の姿が見える。
 もしかしたら、学校か施設があるかもしれない。
 二人は馬車から降りると、そこへ向かった。
 賑やかな声がする。
「気をつけないと、転ぶわ。」
 少女が、走っている男の子達に声をかけている。
「大丈夫だよ。ティア。」
「ティアは心配ばっかりだね。」
 修道女が一人、声を聞きつけて、近寄ってくる。子供達が慌てたように、レスター候とウォレス伯の側を、駆けていった。
 少女は手を振って見送っている。
「じゃあ、さよなら。ティア。」
「また、明日ね。ティアラ。」
 ティアラ?
レスター候とウォレス伯は、顔を見合わせた。
「何か御用でしょうか?」
 修道女が、二人に声をかける。
 おそらく、子供達が帰ったので門を閉めたいのだろう。
「あの少女は?」
 レスター候は建物へ向かっている少女の後姿を見ながら聞いた。
「ティアがどうかなさいましたか?」
「先程、ティアラと呼ばれていたようですが。」
「はい。本当はそうですが、あまりに上品すぎるので、ティアと皆に呼ばれています。」
 確かに、町中の普通の家の娘の名にしては、そぐわない。
 だからこその、手がかりだ。
「約束はしておりませんが、院長にお目にかかれますでしょうか。ぜひ、お伺いしたいことがございます。」
 丁寧な物腰と口調に、修道女は二人を案内した。
 突然の、ここには不似合いな来客の話に、院長である老女は耳を傾けてくれた。
 春の半ば、よく晴れた夕暮れのことである。
 
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第一話