エンリックの腕をレスター候が押さえた。
「もう姫はお寝みであられます。明日になさいませ。」
「寝顔を見るだけだ。」
 乱暴に手をふりほどくと、廊下に出てしまった。
 レスター候とドペンス候は、無理にでもエンリックを連れ戻さないといけない。
 このまま騒ぎにでもなったら、人目についてしまう。
 そこへ、女官長のランドレー夫人がやってきた。
 彼女はティアラを気遣って夜回りにきたらしいが、エンリックの姿に唖然とした。
「このような夜更けに何事でございます。姫はとうにお寝みでいらっしゃいますよ。」
「良いのだ。顔さえ見られれば。」
「もし、目を覚まされたらいかがなさいます。おまけにそのような格好で。いかに陛下でも酔った殿方を姫様の部屋には入れられません。」
 ランドレー夫人は静かに、毅然とエンリックに言った。
「お酒がすぎますと、嫌われますよ。」
 この一言は効いたらしい。
 会ったばかりで、打ち解けてもいないのに、ティアラに嫌われては堪らない。
 エンリックが渋々向きを変えると、ドペンス候とレスター候は、ランドレー夫人に感謝の目礼をして、国王の後を追った。
 非礼であるかもしれないが、また椅子に座り込まれる前に、奥の寝室へと連れて行く。
 たいして酒に強いわけでもないエンリックは、もう半分正気を失っている。
 多分、このまま眠ってしまうだろう。
 実際、ベッドについたときには、意識がなくなっていた。
「陛下に、このように手をかけられたのは今までなかったこととは思わぬか。レスター候。」
「はい。」
 王宮へ帰ってきた時、エンリックはもう大人だった。
 他の意味で手を焼くことはあっても、酒に走ったことはなかったように思える。
 散らかったテーブルの上を片付けると、花瓶の影に小さな額があった。
「酒杯のお相手は姫のご生母様か……」
 ドペンス候はそれを手に取ると、エンリックの枕元に置きにいく。
 フローリアとは夢の中で再会してもらうしかないのだ。
 火の点いた蝋燭を持って、足音を立てぬように、二人の貴族は立ち去った。
 
 やっと長い一日が終わった。




 「陽だまりの庭」第一話、お読みくださりお疲れ様です。
 この回だけ、作者の意向で大変長くなっております。(他の2〜3倍の長さがあります。)
 第二話以降は、もっと短い区切りになっていますこと、付け加えておきます。
 

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