第十話

 まるで善意を利用したような先日の一件で、ウォレス伯は益々恐縮してしまった。
 このままでは気がひけるので、他の施設への寄付も受け付ける事にした。
 生まれてくる子の分を別にしても、まだ残りはありそうだ。
 毛糸を使ったものは、冬の間でなくては役に立たない。
 行く先でエレンに出会うことも稀にある。
 彼女もまた、ティアラとマーガーレットのように、純粋な心の持ち主のようだ。
 何度か使いを果たした後、ティアラから御礼の気持ちだと、ある品を手渡された。
 小さな琥珀色の布地で作られたポプリの香り袋。銀色のリボンで口が結ばれている。
「お好きな色がわからなかったので。」
 琥珀の瞳に銀色の髪。
 ウォレス伯の容貌からの連想だろう。
「町の様子まで話していただいて、サミュエルも喜んでいますわ。」
 どうやら思惑から外れたところで、ティアラとサミュエルの好感度が上がったらしい。
 その上、ささやかとはいえティアラの手作りの品を、個人的にもらったとあっては、他の者に知られては後々面倒になる。
 ウォレス伯は、普段は執務室の机の中にしまい込み、席を離れる時、上衣の内側にピンで留めて持ち歩くことにした。
 ほのかなポプリの香りに気が付くほど、敏感な人間は彼の周囲にはいないはずだ。
 もっとも、それは男の話で、女性は違う。
 マーガレットやランドレー夫人は話をティアラから聞いているだろうし、エレンも気が付いたらしい。
 短い会話を、何度か交わす内に、ウォレス伯とエレンも多少打ち解けてきた。
 ただ、エレンのいつもひっそりとした物腰が、余計に目に付く。
 だから、一人でいるところを見ると、ウォレス伯は声をかけ、邸まで送っていきたくなる。
 エレンも毎回、玄関の中に入るまで見届けてくれる、ウォレス伯を律儀で親切な人間だと思っていた。

 冬晴れのある日、ウォレス伯は歩いて外出した。
 久しぶりの休日で、時間があるのだ。
 本来なら遠乗りにでも行きたい日和なのだが、生憎、友人のレスター候もヘンリー卿も都合が合わない。
 それなら、エレンの顔が見られるかもしれないと思い、教会付近に来た。
 ちょうど、帰途につこうとするエレンがいる。
 最初、エレンはウォレス伯に気付かず、
「今日も徒歩ですか。」
 そう挨拶されて、はっとしたようだ。
「まあ、どちらの騎士様かと思いましたわ。様子が違うもので失礼しました。」
「いつもは出仕の都合なので。」
 ウォレス伯も宮廷貴族として出仕するときは、きちんとした服装をしているが、普段は「貴族」らしいというより、「騎士」らしく見える服が多い。剣を身につけるのに、都合が良いせいかもしれない。
 ウォレス伯は自分も歩いているせいで、エレンを上から見下ろす感じになる。
 随分、小柄で華奢な印象だが、ウォレス伯の錯覚もかなりある。
 彼の背が高すぎる。一般の成年男子に比べても、頭半分から、一つ違う。
 女性なら尚更だろう。
 エレンは何か言おうとする度に、顔を上げなければならない。立ち止まって。
 かなり時間をかけて、オルト邸に着くと、エレンがウォレス伯を招きいれる。
「お時間がありましたら、ぜひお立ち寄りください。いつも送っていただいていますもの。」
 内心嬉しいのを我慢して遠慮するウォレス伯を、エレンは庭から廻れるテラス風のサンルームに案内した。
「手入れも行き届かなくて、お見苦しいのですが。」
「そんな事はありません。」
 冬のことで、雪も残っているが、茂みも生垣も整っている。
 花の時季であれば、かなり美しい庭園だろう。
 白っぽい石造りのテーブルの上。
 花瓶に活けられた花が、造花だと気が付くまでには、ティーカップに注がれたお茶が半分以上、なくなっていた。