ごく内輪の挙式で、すべては内々で披露の宴も行わず、他家への挨拶は折をみて、という話に、エンリックは呆気に取られた。
「オルト家もそれで良いと?」
「はい。職務に支障ないよう取り計らいますのでご心配なく、陛下。」
エンリックの心配は別だ。
この調子でちゃんと準備が進んでいるのだろうか。
「何を言う。休暇くらい取って構わぬ。領地でゆっくりしてくれば良い。私が邪魔をしたから、帰っておらぬだろう。」
エンリックの近臣として出仕するようになって以来、まとまった休みなどろくに取っていない。
「しかし…。」
その分、他の者の負担が増える。
つい、苦い顔をしたレスター候を思い出してしまった。
「エレン嬢は、多分都を出たことがない。旅行など、次はいつ出来るかわからぬぞ。」
牧草地帯のウォレス伯爵領。
これからの季節は青葉が広がるだろう。
ウォレス伯は遠慮をやめた。
どうせ、いらぬと言ったとしても、今度は出仕停止を命じられそうだ。
その後間もなく、エンリックはランドレー夫人を使者に、オルト男爵家へ、丁寧な祝福の書状と品々を贈った。
ウォレス伯は信頼に値する人間だから、安心して嫁いでよいだろうといった、エレンに対する優しい心遣いが綴られ、家族揃って、感激したものだ。
ウォレス伯の元へはストレイン伯が遣わされた。
相談役も兼ねてという意味だ。
結婚前、諸事を人任せにして、エンリックに叱られた者同士というわけである。
職務はウォレス伯不在の間、フォスター卿が引継ぎをしてくれることになった。
「私からの祝儀と思ってください。」
私事に巻き込んで済まないと言う、ウォレス伯にフォスター卿は、笑って言った。
しばらく、サミュエルの元へも通えなくなるので挨拶に行くと、話を聞いたティアラも喜んでくれた。
「落ち着かれたら、是非紹介してくださいね。」
実はエレンにウォレス伯の娘と誤解されたことを話したら、どんな顔をするだろう。
マーガレットも子爵家に嫁ぐ以前の貴族の事情など知るはずもなく、素直に祝辞を述べた。
ベリング大臣は大層驚いたが、型どおりの祝いの言葉を並べた。
多少、年齢の開きはあるが、親子ほど離れているわけではない。
第一、この機会を逃したら、エレンはともかく、ウォレス伯に花嫁が来るかどうか。
春の足音が聞こえてくる頃、ウォレス伯とエレンがひっそりとした教会での挙式。
万事控えめではあったが、新婦の美しさだけで華やかな場になった。
エレンを目の当たりにしたレスター候とヘンリー卿は、声も出なかったほどだ。
婚礼衣装を身にまとったエレンは美の女神の化身とも思えたのである。
二人が持った感想は、
(ステファン、実は面食いだったのか…?)
それも、理想の高いこと、この上ない。
隣のウォレス伯が見劣りしないのは、彼も美男子である証拠だ。
悔しいが似合いとしか、言いようがない。
翌日には、領地へ出立したので、都へ戻るまで、当分伯爵夫妻に会うこともないだろう。
第十一話 TOP