帰る前に同僚達にも声をかけようかと、エレンを連れて戻ると運良くフォスター卿に出合った。
 彼には礼を言っておかなかくてはと、ウォレス伯が呼び止めたら、フォスター卿が慌てた。
 立ち話では目立つ。
 このような場所ではと、フォスター卿が控え室に通す。
 どうやら注目を浴びていることに夫妻は気が付いていないらしい。
「フォスター卿には、また改めて礼に伺おう。」
「気になさらないでください。ウォレス伯。」
 何分、官舎住まいの身に、もてなせる用意がない。
 突然来られても、困るのだ。
「レスター候とストレイン伯は執務室にはいらっしゃいませんでしたが。」
 もしかすると、この辺を歩き回るかもしれないと、忠告した。
 ウォレス伯は、それを聞いて考えたようだ。
「ありがとう。彼らにはまたの機会にしよう。明後日には出仕するので、よろしくお願いする。」
 挨拶周りさえ済んでしまえば、ウォレス伯の休暇の使い途は他にないのであった。

 庭の草花が、ようやく芽吹き始める頃、マーガレットは久しぶりに、外の空気に触れた。
 サミュエルが庭園中走り回って、
「もう、どこにも雪はありません。」
 大きな声で報せてくれた。
 ぬかるみにはまって転ぶ事もないと、エンリックが判断して、散歩に誘う。
「もう少し経てば、ここの花も咲くだろう。」
 マーガレットの花壇。
 葉がすっかり伸びて、青々としている。
「最初に咲いた花は、お母様の部屋に飾りましょうね。」
 ティアラが二人の横で言った。
「嬉しいですわ。楽しみにしております。」
 マーガレットがエンリックの元へ上がって、すぐに案内された場所。
 国王自身が手を入れてくれたと聞き、思わず涙がこぼれそうになった。
 何より、フローリアとの大事な思い出の地を模しているにも関わらず、自分の名の花を植えてくれた。
「庭中の蕾が花開く頃には暖かくなる。そうしたら、ここでお茶にしよう。」
「もうすぐですわ。陛下。」
 春を待つというのは、このように心はずむものであっただろうか、とマーガレットは思うのであった。

 日増しに部屋の様子も春めいてくるので、エンリックも季節が移りゆくのを感じる。
 毛糸で作られた物が一つ一つ少なくなり、薄い布地の物が増えていく。
 カーテンが明るい色に架け替えられる。
 ティアラ達の部屋だけでなくエンリックの部屋も模様替えされていく。
 飾り立てるのが趣味ではないとはいえ、妻と娘の手作りであれば話は別だ。
 派手にならぬ程度に、色合いも抑えてある。
 エンリックが落ち着いて過ごせるようにと、考えての事だ。

 同じ新婚同士のウォレス伯とストレイン伯は変わらず忙しい毎日で、エンリックが却って心配になる。
 夫人達が夫のいない間、どのように過ごしているのか、彼らは知っているのだろうか。
 折も折、二人の伯爵夫人と、もっと親しくなりたいと考えたティアラとマーガレットから、お茶会の誘いが両家に届いた。
 邸でろくに話し相手にならない夫達は、快く了承する。
 ストレイン伯爵夫人ソフィアは黒髪の、知的な美しさを持つ。
 マーガレットやエレンとは年齢も近く、気の合う女友達になった。
 ティアラも加わり、四人でいる事が、自然に多くなる。
 その場に居合わせたエンリックは感嘆したものだ。
 良くこれだけ趣の違う淑女が集まったものだ、と。
 主君も臣下も妻を選ぶ目が確かな証拠であった。