第十二話
毎朝の礼拝より早く目が覚めたエンリックは、気が向くまま時間つぶしに庭に出た。
心地よい朝の空気に浸っていると、陽に照らされて、光るものが目に付いた。
朝露を煌めかせながら、マーガレットの白い花びらが開いている。
−咲いた!
思わず花壇に走りよって眺めていたが、両手に何も持っていない。
踵を返し、部屋へ戻ると園芸用スコップと植木鉢を抱えて、また飛び出す。
服が汚れないように、作業用のエプロンを首からかける。ティアラから貰った手作りだ。
手袋をはめ、ほんのいくつか咲いているマーガレットの中から、形の良い二輪を傷つけないように植え替える。
そして、花のバランスが悪くなった部分を手直しした。
とりあえず、植木鉢を私室に置き、たくしあげた袖を戻す。
朝食の後、公務に就く前にティアラとマーガレットに一つずつ渡す。
「綺麗ですわ。お父様、ありがとう。」
「咲いたのですか。本当にありがとうございます。」
二人の笑顔を見て、エンリックは満足気に執務室に向かう。
マーガレットの植木鉢は、それぞれの出窓のカーテンの下に飾られる。
ちゃんと、場所は前から決められていたのであった。
受け皿の下には、大きさに合わせた円形の敷物が敷かれている。
「貴女の花だ。マーガレット。」
エンリックはそう言いながら、彼女に渡してくれた。
可憐な花を見つめながら、マーガレットはエンリックの植え替える様子を想像し、嬉しくなった。
夜になっても、視線を外せないでいると、部屋に入ってきたエンリックに、
「まだ、何日かは保つだろう。少しは私にも目を向けてくれないか。」
そう、からかわれてしまった。
エンリックにしてみれば、二人きりでいられる貴重な時間なのだ。
ソファーに座っていたマーガレットの隣に自分も腰を落ち着ける。
ふいにマーガレットが表情を変える。
「あ…。」
腹部に手を当てて、動かない。
「どうかしたのか。」
心配そうにエンリックが声をかける。
医師はすぐ呼べるように、王宮に待機させてある。
「今、お腹の子が、動きましたの。」
マーガレットが何とも言えない微笑を浮かべている。
「動いているのか、子供が。」
「はい。」
エンリックは一瞬ためらった後、聞いた。
「触れても良いか。」
マーガレットはこっくりと頷く。
エンリックが、そっと手を当てると、微かな振動が伝わってきた。
新しい生命の鼓動。
誰もが待ち望んでいる子が、確かに存在している。
エンリックとマーガレットは、お互いにかみしめていた。
同じ喜びと幸福感を。