第十三話

 レスター候夫妻が領地へ出立すると、春も佳境に入る。
 花壇の花々が顔を見せる。
 今では咲く花の種類も増えた。
 一年前、ティアラは父エンリックと二人で暮らすことになった。
 それが今は四人、数ヵ月後には五人になる。
 一人で過ごす時間は極端に少なくなり、会話を交わす人間も増え、王女としての自覚も芽生えてきたのであった。
 マーガレットもようやく妊婦らしく腹部が目立ってきて、サミュエルが恐る恐る触ったりしている。
 一度、耳を押し当てて、
「赤ちゃんの音が聞こえる!」
 と大喜びした。
 ティアラはよいとしても、エンリックは同じ行動を取るわけにはいかず、様子を見ているだけになる。
 生まれてくる子供のために部屋が用意され、日を追うごとに物が増える。
 ベッド、ゆりかご、服におもちゃ、と出産準備が整えられた。
 生まれてくる時期に合わせて、ティアラとマーガレットが赤ん坊用の服をよく作っている。
 薄手の糸で編まれた靴下を見て、エンリックは、
「こんなに小さかったかな。」
 首を傾げる。
 片手の半分くらいしかなさそうな大きさだ。
 主に白い色が多いのは、男女どちらでも使えるようにだろう。
 生まれたての赤ん坊の服など、男も女もたいして変わらないのだから。
 ティアラが生まれる前も、フローリアが同じように色々と作っていた。
 誰に報せることも出来ず、ろくな準備もしてやれず、胸が痛んだ。
 多分生まれてくる子は男であればもちろん、女でもティアラより恵まれた環境にあることを約束されているような気がする。
 先の人生はわからないが、誕生の時点において。
 ティアラは露程も考えていないだろうが、エンリックにとっては割り切れない感情が残るのであった。

「今後もよろしくお願い申し上げます。」
 ルイーズがレスター侯爵夫人として都に帰ってきても、彼女はいささかも変わりなかった。
 多少日焼けしているのは、外を飛び回っていた証拠だ。
 レスター侯爵領は丘陵地帯。
 さぞ、見晴らしも良かっただろう。
 いつまでも奥にこもってばかりでは交流の場が広がらないだろうと、エンリックは貴夫人達が自由に使える部屋を表にも用意した。
 今まで、控え室程度で気軽に集まれる場所など、ほとんどなかったのだ。
 貴婦人達の談話は幅広い。
 音楽や美術の知的な会話から、最新流行のドレス、各家庭の内情など様々である。
 特にレスター候、ウォレス伯、ストレイン伯は、妻同士、話が筒抜けになってしまう。
 万一、夫婦喧嘩でもしようものなら、あっという間に広まってしまいそうだ。
 三人だけなら良いが、その先にはマーガレットにティアラ、エンリックの耳にも入るかもしれない。
 いつの間にか貴婦人達の中心になりつつある、女性達だった。
 しかし、エレンだけはどうしても引っ込み思案になるので、ルイーズかソフィアが誘いにやってきたりする。
 エンリックとマーガレットの勧めもあって、ティアラも顔を出すようになると、益々宮廷が華やかさを増すようであった。
 タイニード伯はルイーズが爪弾きにされていない事に一安心し、故郷のルイーズの両親へ手紙を書いた。
 レスター候とルイーズも似たような手紙を送っていた。
 カネック夫妻はルイーズが新婚生活を順調に送っていることで、深く満足した。