生活が一変したのはレスター候だ。
 新妻といる限り、退屈の二文字とは縁がないに違いない。
「今まで女気のない家だったから、このくらいでちょうどよいのかもしれない。」
 ウォレス伯とヘンリー卿は、惚気ていることに気付かない親友の鈍感さを改めて思い知った。
「お前も似たようなものだけどな。ステファン。」
 ヘンリー卿から見れば、二人とも大差ない。
 お互い妻に惚れこんでいることを、他人に知られていないと思っていたら、大間違いだ。
 本人に自覚がないとは、まったく幸せである。

 宮殿中が花に囲まれると、同じような装いの貴婦人達が、庭園に広がりを見せる。
 この季節は室内より屋外でお茶を楽しむ事が多い。
 ティアラはお気に入りの庭先で、エンリックやマーガレット達と共に過ごす事が多いが、他の場所で貴婦人達と会話を楽しむ機会も増えた。
 ごく顔見知りだけの場合、マーガレットやサミュエルも一緒だ。
 エンリック以外でティアラの手を取って、隣にいられる男はサミュエルしかいないので、密かに羨望の的であることは、もちろん本人はわかっていない。
 サミュエルは綺麗で優しい姉が大好きなのだ。
 もし誰かに、一番好きな人、又は、綺麗な人、と訊ねられたら、「母上」か「姉上」か迷うだろう。
 同じ質問をエンリックにしても、変わらないかも知れないが。

 若葉が風に揺れる季節になると、マーガレットの身辺は気ぜわしくなってきた。
 初夏ともなれば、もう何かのきっかけで、早産の可能性がないとはいえない。
 ランドレー夫人が出産経験のある婦人を集めたり、医師や看護婦、産婆の手配も整えられた。
 マーガレット自身、経産婦であるから、ゆったりとしているが、エンリックは落ち着かなさそうで、日に何度も執務室を抜け出して様子を見にやってくる。
 周囲の者が何も言わないのは、どうせ耳に入らないからである。
 夏至にはもう臨月に入っているので、気温が上がりマーガレットの体調に触らないか、エンリックはそればかり気にしている。

 夏至から数えて十日ほど経った日、午前中の公務の途中で戻ってきたエンリックを、
「何かありましたら、必ずご連絡いたしますから。」
 マーガレットは送り出すところであった。
 ティアラと二人、廊下まで見送り、部屋の中へ戻った途端、床へうずくまった。
 陣痛が始まったらしい。
 突然産気づいたマーガレットにティアラが必死に声をかける。
「お母様、しっかりなさって!すぐ人を呼びますから。」
 ティアラが普段ならありえない手荒な音を立て、扉を開ける。
「早くお医者様を!お母様がご出産なされます!」
 未練がましく、ゆっくり歩いていたエンリックは、とてつもない素早さで駆けつけてきた。
「マーガレット!」
 手を貸して、寝室まで運び込んだ後、すぐエンリックは追い出された。
 国王であろうと夫であろうと、産室には入れてもらえない。
 閉められた扉の前で立ち尽くすエンリックのそばで、サミュエルが不安そうな顔をしている。
「母上、大丈夫なのですか。」
 エンリックはサミュエルを子供部屋に連れて行くと、ソファーに座らせた。
「きっと大丈夫。元気な赤ん坊と無事に決まっている。」
 サミュエルに言い聞かせてはいるが、エンリック自身の願いであった。
 
 いつまでも国王が席を外したままなので、やはり呼びに行くべきかと、臣下達が相談し始めた矢先、マーガレットの出産の始まりが伝えられた。
 こうなると、宮殿中、騒然となる。
 もはや、誰も職務の事は頭にない。
 はたして、男か、女か。
 その話でもちきりになった。