眉をひそめるウォレス伯の手から書類を取り上げると、
「夫人が急病だ。」
ウォレス伯が音を立てて、椅子から立ち上がる。
「早く部屋へ。陛下には申し上げておく。」
「頼む。」
さすがに走るとまではいかなかったが、かなりの速さで向かう。
奥の一室の前でローレンスと手をつないだサミュエルが手を振っていた。
「ウォレス伯、こちらです。」
彼が来るのを待ち受けていてくれたらしい。
「エレン夫人、いらっしゃいました。」
部屋の中にも声をかけている。
ソファーのクッションにもたれかけるように、エレンはマーガレットの隣に座っている。
ティアラとソフィア、皆で介抱してくれていた。
「すっかりお世話になり、申し訳ありません。」
「いいえ。こちらこそ、慌ててお呼びだてしてしまいました。」
マーガレットが懐妊中で医師も近くに控えているので、診察までしてくれたようだ。
「お騒がせしました。」
もう落ち着いたのか、エレンの青白い顔に赤みが出てきた。
「軽い貧血でしたの。もう大丈夫ですわ。」
「貧血?本当に平気か。」
他の貴婦人も同席しているので、ウォレス伯が遠慮がちに聞く。
今年は秋になったというのに、残暑が続いていた。
季節の変わり目にエレンは変調をきたすことがある。
気候のせいかもしれない。
「お医者様が少し気をつけたほうが良いと。その、私…。」
エレンはうつむいて口ごもってしまった。
マーガレットがエレンの手を取って、さあ、とうながしている。
病気にしては様子がおかしい。
「私、赤ちゃんがいるのですって。」
何だ、と言いそうになって、ウォレス伯はエレンの肩に手をかけた。
どうやら、周囲の人間のことを忘れたらしい。
「子供!?間違いないのか!?」
「はい。」
思わず抱きしめてしまった後で、はっとして手を放す。
何も言わずに、皆、微笑ましそうに見ている。
ルイーズは医師の診断の前に、一目散にウォレス伯の元へ急いだので、この事実を知らなかったのだ。
ようやく追いついたルイーズと共に、後から部屋へ入ってきたランドレー夫人がウォレス伯に声をかけた。
「余程、奥様がご心配だったのですね。」
「いいえ、そんな。」
「あら、その手に持っていらっしゃる物は何ですの。」
彼の右手にはペンが握られたままだった。
エレンを少し休ませてから帰ることにして、ウォレス伯は残務の片付けに戻ってきた。
放心状態に近い様子なので、レスター候も不安になった。
「今日はもう帰った方が良いのでないか。」
「ああ、そうさせていただこう。」
「エレン夫人は?」
「いや、大した事じゃないというか、何と言うか…。」
ウォレス伯はしきりと言い渋ってから、告げた。
黙っていたところで、ルイーズから伝わるに違いない。
「妊娠、したそうだ。」
レスター候も、一瞬、目を丸くした。
息を呑んでから、ようやく、
「良かったではないか。おめでとう。」
ウォレス伯自身、実感がとぼしいらしく、とまどっているようだ。