夜、マーガレットと二人で昼間の件で話した時、エンリックは詫びた。
「すまない、マーガレット。サミュエルにあんな怪我をさせてしまった。」
「おやめください。すぐに治りますわ。」
「ローレンスを甘やかしすぎたのかもしれない。」
 子供だと思って、つい大目にみてきたのが逆効果だった。
「サミュエルのことは私の落度です。気になさらないでください。」
 ローレンスの側に誰もいないということは、ほとんどない。
 マーガレットもサミュエルがいればと、油断していたのだ。
「でもサミュエルは『世継ぎが無事で良かった』と言った。兄として弟を庇っただけではない。私はサミュエルを息子として育てているつもりだ。決して臣下としてではない!」
 エンリックはサミュエルの一言に落ち込んだ。
 自分の中では四人とも姉弟として扱っていた。
 決して差別する事のないようにと。
 だが、健気にもサミュエルは弟とはいえ、皇太子としてのローレンスを必死に守ろうとしている。
 それでも、サミュエルは実の兄だ。
 怪我をした人間が身内でなかったら?
 他人を傷つけて平然としているようでは、この先不安だ。
 そうあってはならない。
 次の日から、ティアラとマーガレットには、
「しばらくサミュエルについていてあげなさい。」
 エンリックが言った。
 世継ぎの皇太子としてやりたい放題だったローレンスにはかなりこたえたらしい。
 エンリックに厳しく叱りつけられたこともだが、やはりサミュエルが自分のせいで怪我をして動けないのは打撃だった。
 罰としてサミュエルの怪我が治るまで、屋外で遊ぶ事は禁止された。
 そこまでしなくてもと、サミュエルはローレンスを不憫に思ったが、今後のためにならないからと、エンリックが許さなかった。
 さすがにおやつ抜きとは言わなかったので、お見舞いのつもりか、時々お菓子を持ってサミュエルの元へやってくる。
 サミュエルも足の方は大したことはなかったのだが、中々ベッドからも部屋からも出してもらえず、退屈なのであった。
 たまにストレイン伯やフォスター卿が来てくれることもあり、
「今日は勉強ではありませんよ。」
 と言いながら色々と教えてくれたり、話をしてくれた。
 療養中のことで、あくまで名目はお見舞いであったが。
 サミュエルの包帯が取れる頃、エンリックはある決断をし、執務室にストレイン伯、フォスター卿の両名を呼び出した。
「今後はサミュエルの教育係としての職務を優先とする。」
 何人かの世話係がいるものの、しっかりした者をつけていなかったことが、原因だと考えたのだ。
 いずれローレンスも頼むことになるかもしれないが、サミュエルも同じ条件で育てたい。
 出来うる限り最高の教育を受けさせようと思い、ストレイン伯とフォスター卿を選んだ。
 さすがにレスター候やウォレス伯を政務から外すわけにはいかない。
 実際、二人を引き抜くことは、エンリックだけでなく他の重臣達にとっても痛手になる。
 それを承知の上で、エンリックは決めた。
「息子を預けるからには信頼のおける人間に任せたい。」
 マーガレットにもそう告げた。
 彼女は反対したのだ。
 何もサミュエルにそこまでしてもらう必要はないと。
 だが、エンリックの意志は固く、ストレイン伯とフォスター卿も了承した。
「武術指南はフォスター卿で充分でしょうが、私一人では心もとありません。」
 ストレイン伯は大役にとまどっているように、人員の追加を要請した。
 もう一人家庭教師として、幾人かの紹介で召しだされたのは、トーマス・オルト男爵。
 ウォレス伯爵夫人エレンの弟であった。
 かくしてサミュエルは王子同様の教師人に囲まれ、才能を芽生えさせる事になる。
 エンリックとしては文武の均衡のとれた将来を、頭の中に描くのであった。

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