第十五話

 ティアラ・サファイアは年毎に美しさを増し、まさに宮廷一の貴婦人となっていく。
 音楽会や観劇など、文化的な催しにも出席するようになったが、相変わらず敬虔で教会や病院にも足を運んだ。
 エンリックも近頃では自分の名代として、様々な場所へ視察に出している。
 優しくて美しい王女の来訪は迎える側にも喜ばれた。
 当然、ティアラも十五・六の年頃になれば、縁談もあって良いはずだが、相応の年齢の貴公子達はエンリックによって阻止されている。
 嫁に出す気があるのかどうかさえ、疑わしい。
 カトレアが生まれたからといって、簡単に手放せるものではない。
 ティアラが結婚相手を連れてくるわけでもなく、自分で選んでやるつもりも、今のところエンリックにはないらしい。
「陛下とティアラ姫は離れていた年月が長かったから、まだお手元に置いておきたいのだろう。」
 宮廷内ではもっぱらの噂である。
 エンリックに関しては真実に近い。
 ティアラはといえば、幼い弟妹の世話にマーガレットと共に明け暮れて、家庭に入る事は大分先のように思っている。
 女ばかりの修道院で育ち、王宮では父親とそれより年上の大人ばかりの中で暮らしてきたので、同世代の異性と接した事が少ない。
 ティアラにとって愛情とは家族に向けられるべきもののようであった。

 ダンラークもエンリック御世になって以来、十数年も経つと、諸外国との交際も幅広くなってくる。
 内政に目をかけて、国全体が潤ってくれば、交渉相手を他に求められて当然だ。
 ダンラークは半島になった国で、海と森に囲まれているのだが、近年交易も増え、街道も整備されてきた。
 国力が高まれば、軍事力を強化する人間も多いが、エンリックは平和主義者というより他国に手を出すほど野心家でなかっただけの話である。
 とにかく足元を固める事で精一杯だったのだ。
 そんな折、隣国ドルフィフェから親書が届いた。
 会議の席上、エンリックが内容を検討する。
「表敬訪問を兼ねて、社会見学に皇太子を寄越したいそうだ。」
「皇太子殿下がわざわざでございますか。」
 アドゥロウ大臣がエンリックに問い返す。
 王族が他国を訪問すること自体は珍しくはないが、随分と急な申し出である。
「将来のことも考えて見聞を広めさせたいと言ってこられた。断る理由も見当たらないから受けようと思うのだが、皆の意見は?」
 重臣達はお互い顔を見合わせた。
 確かに先方から出向いてくるのであれば、反対する事もない。
 却って親交を深める機会になる。
 王家の人間が顔を会わせれば、今後の利点もあるに違いない。
 エンリックから承諾の旨の書状が送られたのは、間もなくのことであった。

 肌寒さの残る三月に一台の馬車が国境を越える。
 ドルフィフェの皇太子の一行であった。
 すでに父王の補佐として国政に携わっているのだが、まだ物足りぬように思えるらしい。
 一度、諸外国で世間を見させよう。
 候補にあがったのが、お隣のダンラークであった。
 近隣でもあるし、国の評判も悪くない。
 いきなり人質に取られる事もなさそうだ。
 おまけに若くして王位に付いた現国王は広く民衆に慕われているという。
 以前の王と違って人柄も信用できると判断し、いうなれば皇太子を社会勉強に出した。
 ついでに花嫁候補の一人でも見つけてくれれば越した事はない。
 女嫌いでもないのに、一向に妃を迎える気配がないのだ。
 世継ぎで悩むのはどこの国の王でも同じであった。