「殿下、都に入ります。」
声をかけられて、半分転寝をしていたクラウドは目を覚ました。
窓の外を眺めると、石造りの建物が並び始めている。
「早いな。もう着いたのか。」
陽はまだ充分に高い。
暮れる前に王宮に到着すればよいのだ。
「よし、都を一回りしよう。」
勝手に決めて、進路を変更させてしまった。
「何をなさる気ですか。」
側近として付いて来たカイル・ギュレット卿はクラウドを止めようとする。
他国で問題を起こされては困る。
「そのような顔をするな。ただの見物だ。」
どうせ王宮に入ったところで堅苦しい挨拶が待っているだけ。
その前に息抜きをしておかないと、頭が痛くなりそうだ。
せっかく誰の目も届かない場所にいるからには、今の内に少し羽根を伸ばしたい。
街で行き交う人々の顔や賑わいを見て、つぶやく。
「思ったより活気があるものだな。」
「近年は栄えていますから。それより戻りませんか。この国の姫は美しい方だそうですし。」
クラウドはグレーの瞳を窓から側近に向けた。
「まだ、お小さいだろう。」
「一番上の姫は違います。『宝石の姫』と呼ばれるような御方だとうかがっております。」
「確か国王陛下は父上よりも、ずっとお若いのではなかったか。」
クラウドは首をかしげた。
他国の事情にまで詳しくない。
「少しは訪問なさる国を知っておいてください。三人のお子様の内、お一人はご即位前のお生まれだということです。」
ろくな予備知識も持たず、クラウドはダンラークにやってきたらしい。
これなら道中もっと教えておくべきであったと、カイル卿は後悔した。
ある大通りに差し掛かると、公園が目に入った。
人々の憩いの場らしく、皆ゆったりとくつろいでいる。
ベンチに腰掛ける者、散歩する者、楽しく談笑する者、様々である。
急に馬車を止めさせると、クラウドはさっさと飛び降りてしまった。
「どこへ行かれます!」
慌ててカイル卿も後を追う。
二十歳をすぎても子供のようだ。
これだから国王も心配する。
「国を知るには町中が一番だ。」
最初からそのつもりで人通りの多い所を進ませた。
気軽に散策するなど久しぶりだ。
おまけに自国ではない。
目に入るもの、すべてが新鮮に映る。
人も景色もも空気さえ違っている。
何と笑顔でいる人間の多い事か。
(良い所だ。ダンラークは。)
人が笑って過ごせるということは、生活にゆとりがある証拠だ。
国政が安定してこそ、暮らしも見通しが立つ。
明るい表情が溢れているのは、豊かさを物語っている。
クラウドは公園を横切り、商店と思しき家が立ち並ぶ通りに出る。
店に掲げられた看板、ガラス張りの窓や扉から、内側が見える。
露店や屋台も見受けられる。
花売り、菓子やパン、軽食や飲み物、雑貨、大道芸もあちらこちらで観客を集めている。
人ごみを眺めながら、楽しんで歩いて行く。
「もうよろしいでしょう。馬車に戻ってください。」
クラウドを見失わないよう、カイル卿がぴったりくっついてくる。