第十六話
クラウドが見聞を広めるためにダンラークへ来たからには、予定もある。
様々な公共・文化施設の訪問や見学は欠かせない。
幾つかの場所はエンリックが直々に案内してくれるらしいが、あまり手間をかけされるわけにもいかない。
何人かの近臣達も交替で案内してくれる事になっている。
押しかけてきたようなものだから、接待される必要もないとクラウドは考えるのだが、そこは国の事情だ。
「本当は娘の方が、そういった場所には詳しいかも知れぬ。」
エンリックが午後のお茶の時間にはティアラを同席させようと言ってくれたので、クラウドは楽しみにしている。
多少の時間の合間、部屋にいるのも退屈なので、カイル卿だけを供に、王宮の庭園を散歩する事にした。
エンリックが誰か付けてくれようとしたが、丁重に断る。
王宮の庭園の造りなど、どこも大まかな様式は変わらないはずだ。
会う人ごとに挨拶を交わすのも面倒なので、クラウドは人のいない方へと歩いていってしまう。
「あまり奥へいかないでください。庭園で迷ったなぞ私は嫌です。」
昨日の一件があるので、カイル卿が引きとめようとする。
案内を辞退しておきながら、やはり道がわからなくなったでは、みっともないこと、この上ないではないか。
やがて、茂みの向こうから、人の声が聞こえてきた。
はしゃぐような明るい声。
周囲に人影もないので、クラウドが立ち入ろうとする。
(また悪い癖が始まった。)
とばかり、カイル卿はクラウドの後を追う。
自国であろうと他国であろうと、クラウドには関係ないらしい。
整然とした植え込みの先は、まったくというほど、雰囲気が違った。
陽が差し込む中、ティアラと数人の子供達。
まとわり付いていた一人の子に、クラウドとカイル卿は見つけられてしまう。
覗き見をしていたようで、いささかばつの悪さがあった。
ティアラは少し驚いただけで、
「殿下、お散歩でしたの。」
「はい。すっかり奥まで入ってきてしまいました。」
特に私的空間の様子を悟って、クラウドが弁解をする。
「よろしいですわ。私の弟妹です。」
クラウドの目にはティアラを含め、四人いる。
確か、国王の子は三人だと聞いた。
もう一人いた貴婦人が、年上の男の子を連れて退がろうとするのを、ティアラが呼び止めた。
「お母様。ドルフィシェのクラウド皇太子殿下ですわ。殿下。母のマーガレットと弟のサミュエル。この二人はローレンスにカトレア・ヴァイオレットです。」
「ようこそ、いらっしゃいました。」
姉に紹介されたローレンスは元気良く挨拶した。
カトレアの方は、あいにく何を言っているかわからない。多分同じ意味の言葉なのだろう。
マーガレットとサミュエルは黙って一礼し、幼い二人の子を連れ、会話の邪魔にならないよう、建物の中へ入っていった。
ティアラは母と紹介したが、そんなはずはないという思いがクラウドの顔に出たらしい。
「下の子達の母です。私にとりましては二度目の母ですわ。」
「仲がよろしいのですね。」
「はい。」
無防備なティアラの微笑み。
王妃として立てられていない、エンリックの側室である女性とその間の子供達にわだかまりが見えない。
クラウドとカイル卿は家族の繋がりの強さを感じた。
それは別の日に、改めて知る事になる。