何日か経てば、クラウドも少しずつ宮殿内部や庭園も覚えてくる。
 特に見咎められないのを良いことに、気ままに動き回る。
 不審がられはしないかと側近のカイル卿が余計な心配をする羽目になる。
 どうせ注意しても右から左だ。
 おかげで絶えずカイル卿は、周囲に気を配らなければならない。
 側近の気苦労もお構いなしに、中庭の一隅でサミュエルが一人でいるのを見つけて、クラウドは声をかけた。
 すると、
「あの、僕は違いますから。」
 随分と緊張しているが、はっきりした口調。
「僕は母の子で、陛下の御子ではありませんので。」
 つまり、自分に気を遣わなくてもよいという意味だろうが、そんなわけにもいかない。
「剣の練習ですか。」
 クラウドが話しかけては恐縮してしまいそうなので、カイル卿がかわりに聞く。
 手に練習用の刃の潰した剣を持っている。
「はい。もうすぐです。」
 早目に来て、時間を持て余しているのだ。
「では、私がお相手しよう。」
 クラウドが言い出した。
 サミュエルより、カイル卿が仰天する。
「殿下。何を急に。」
「国ではあまり本気になってくれないので。よろしいかな。」
 真剣で立ち会うわけにはいかないので、自分の剣はカイル卿に預ける。
 クラウドにとっては暇つぶしのつもりだったが、サミュエルは年齢の割にしっかりした腕の持ち主だった。
 もちろん簡単に一勝負はついた。
 しかし、クラウドが最後に本気をだしたので、サミュエルが危うく倒れるところだった。
 慌てて、カイル卿が駆け寄る。
「平気です。御指南ありがとうございました。」
 クラウドがサミュエルに武術指導は誰か問おうとした時、本人がやってきた。
「申し訳ありません。遅れましたでしょうか。」
 物音を聞きつけたのだろう。
 謝りながら姿を現したフォスター卿は、クラウドとカイル卿がいるので驚いた表情を見せる。
「御指南役でしょうか。」
 カイル卿がサミュエルに確認する。
「はい。武術は主にフォスター卿です。弓と槍はレスター候とウォレス伯も時々教えてくださいます。」
 練習を見たかったが、気が散るといけないので、その場を離れる。
「どうやら陛下に随分と期待されているな。」
 まさか、レスター候とウォレス伯の名を耳にするとは。
 いかにも頭の切れそうな二人。
 さぞ、エンリックに重用されているのがわかる臣下達。
「そうでしょう。きれいな剣さばきです。」
 多分、同じ年頃のクラウドより上だ。
「フォスター卿は、即位記念の武術大会で騎馬戦優勝者だといいます。私がお相手していただきたいものです。」
 自身、剣ではドルフィシェ有数の腕を持つカイル卿が目を輝かせる。
「負けても仇は取ってやれないかもしれないぞ。」
 笑ってクラウドが言う。
 彼の武術指南はカイル卿だ。
 今では、手を抜かないで相手をしてくれる、貴重な一人。
 皇太子の立場では、遠慮なく付き合える人間も限られる。
 −国で本気になってもらえない−
 サミュエルにいった台詞はあながち嘘ではなかった。